昨日に引き続き空は明るい晴天の空である。

だが冬らしく外は寒い。

見た目の天候のよさで見切り発車してはいけない。

見切りをするのはポケモンだけにしてちょうだい、というわけだ。

まあお出かけのファッションを理由にあえて寒くてもジャンバーを着ない時はあるけど…



1限目は憲法人権保障論。

思想・良心の自由についてをやった。

憲法上においてこの原則は絶対侵してはならない重要な立場を持っている。

キリスト教や仏教を問わず、特定の思想信条の強制は禁じられている。

今の日本にクリスマスやバレンタインデーがあるのは憲法19条のおかげといえよう。

他にも、思想信条を理由とする不利益扱いも禁じられている。

また、それを自分だけの秘密として相手に白状を強制されない沈黙の自由も存在する。

黙秘権はこれを根拠にしている。

沈黙の自由により禁止される事の代表例は江戸時代にあった踏み絵である。

思想・良心に基づき、法による服従を拒否する自由も保障されている。

これについて、裁判員制度はどうなるのかという事が議論されている。

早い話、そんな人権侵害の悪法はさっさと廃止した方がいいと思うのだが。


2限目は憲法統治機構論。

裁判所についての続きをやった。

裁判所に違憲立法審査権があるのはおなじみの事である。

だが、それでも憲法を必ず優先して法的判断を行うとは限らない。

その理由は憲法を優先して判断するのを義務にしたら司法権が優先され、その結果、司法権による独裁となり、三権分立が崩れてしまう事になるからだ。

そのため、もしその法的判断が憲法がなくても法律だけで何とかなる問題であったら、憲法判断を介入させる必要はないという憲法判断回避の準則が設けられている。

最近の裁判で違憲審査が出てないのはそのためである。

また、憲法は高度な政治性を有する問題についても憲法判断はしないという説もとられている。

これはつまり、これを変える事は社会の構造そのものに相当する事をさす。

その有名な例は、私のゆかりの地であるスタリバこと立川の基地についての事例がある。

当時立川は砂川と呼ばれていた。

つまり、サンドリバーというわけだ。


そこの場所にアメリカ軍が日米安全保障条約に基づき、軍事基地を増設する事を決議した時、憲法9条に反する事だと反対が起きた事件である。

当時の判決は、これは高度な政治性をもつ事なので憲法は介入しないという理由で要求を棄却する事で終わった。

しかし、現在アメリカ軍の戦争の巻き添えを受ける事や最近もあったようなアメリカ軍の人が起こす事件などを理由にそういう考えが変わり始めてるとの事である。


3限目は商取引法。

運送についての続きをやった。

運送契約においては、運送品の引き渡し請求をするための有価証券が発行される時がある。

佐川急便やクロネコヤマトなどの陸上運送では、貨物引換証が発行される。

これは運送人占有下にある運送品の処分を容易にして、運送中の物品に関する取引を円滑にする機能を有している。

記載事項は商法571条2項に規定がある。

記載事項はあるが、それら全てが記載されていなくても特定の運送人が特定の運送品を受領して到達地において引き渡す義務を負う事が証券上明らかであればよい。

記載事項の例は、運送品の種類、重量または容積、荷造りの種類、個数、記号、到達地、荷受人の氏名などである。


4限目は倫理学。

医療倫理についての続きをやった。

戦前、医者は奴隷にした人を医学のための人体実験のサンプルにしていた。

その時の医学は、医学の発展のためには犠牲はしょうがない事だという、良心のもとにすれば非人道的だが、ある意味言い返せない思想が広まっていた。

ニュルンベルグ裁判でそれが明らかになり、それをきっかけに医療倫理が展開されるようになった。

ちなみに、その事に対しての訴訟の対象はドイツだけでなく、アメリカの人も対象になっていた。

その後、数少ない大学の友人とポケモンについての話と交換こをやった。

今日生んだポケルスつきのアチャモとヒトカゲをそれぞれ交換した。

リザードン好きの影響が来ている事が強調される瞬間である。



しばらくして私はあらためて東京ドームシティに向かった。

空は曇ってるのかわからないくらいの暗い夜空になっている。