朝方、私は昨夜は聞こえなかった音と今までにないくらいの寒さ感じた。
今朝は今まで以上に寒い気温だった。
その程度は部屋の中にいても寒い程だった。
そして音の正体は、予想通り雨の音だった。
しかもその降り方は今までの降り方以上のものだった。
秋雨は今日まで続くとは聞いていたが、これほどのものだったとは…
1限目は憲法人権保障論。
包括的基本権についてをやった。
これは俗に言う「幸福追求権」の事である。
包括的基本権は当初、憲法14条以下に具体的に規定された人権を総称するものであり、ここからは具体的な法的権利を引き出す事はできないとされていた。
しかし、1960年代以降、ちょうど高度経済成長の時期になって、憲法における包括的基本権の内容を大きく変える事になった。
高度経済成長によって、環境や情報化社会、そして生命科学についての事が議論されるようになり、それによって人権の考え方が変わったからだ。
環境については、以前から議論される内容はあったのだが、問題にする程のものではなかったとの事だ。
今となっては環境や情報化社会は世界規模で考え直すべき事として取り上げられている。
法というのはまさに時代の特徴に合わせて変化していくものだという事があらためて強調される。
2限目は憲法統治機構論。
予算についてをやった。
ニュースでもよく聞く事だが、予算というのは実を言うと国会の議会内容の大部分を占めてるとの事だ。
予算というのは憲法上において誰が権限を持つかで議論が成されている。
明治憲法下では、予算の権限は天皇にあった。
現在では、予算国法形式説と予算法律説の二つの意見がある。
前者は法と並ぶ形式ではあるが、「法そのもの」ではないとする説で、これが現在の通説になっている。
後者は予算を法そのものとする説で、憲法86条、73条、60条を根拠にしている。
86条は内閣の予算作成と国会への提出義務、73条は内閣の予算作成と提出の権利規定、60条は国会の予算議決権がそれぞれ規定されている。
予算は国の一年の行動そのものに相当する事なので、それだけ細かい規定が必要になるわけだ。
鳩山さんは予算の権利についてどちらの見解を持ってるのだろうか。
3限目は商行為法。
商事売買についてをやった。
日本における商事売買は、大部分が商人間の売買になっている。
そのため、商事売買の規定も商人間の売買に関するものになっている。
一定の期間内に契約した事において、どちらか一方が履行しないために目的が達成できず、契約の期間 を経過してしまった場合は民法上ではその契約を催告なしに解除する事ができる。
しかし、そうなると履行期間経過後に価格が上がったら履行請求をして、下落したら契約を解除するというような売り主に不利な立場を与える事になる。
そのため、商行為においては解除を請求するために一定の条件を規定している。
一つは商人間の売買である事、もう一つは特定の時期じゃなくては利用できないものである事である。
クリスマスの時期を過ぎた時に予約したクリスマスツリーが売り主の過失で届かなかった場合をあげればわかりやすいであろう。
4限目は倫理学。
ウォルツァーと道徳についてをやった。
道徳というのは小学校時代に誰もが受けた事のある講義である事は間違いない事であろう。
そしてたいていの生徒は休み時間のように扱っていたのも間違いない。
ウォルツァーは道徳については「法規範による解決をする前に互いに納得し合う事を目指して話し合う事」であると述べている。
道徳というのは小学校の時はやたら何かの話を読んだり聞かせたりする、いわゆる紙芝居の時間みたいな講義だったと誰もが思うだろう。
今だからこそわかったが、道徳というのは
「小説や童話などの物語を通して生きる事の大切さやそのために何をすればいいかを知る講義」
なのである。
そしてその道徳を述べたのがウォルツァーなのである。
生きる事で大切な事は?というのは倫理の基礎である。
そのため、ウォルツァーはこれを倫理学のグローバル化だとも述べている。
今の小学生は道徳をどのように受け止めてるのだろうか…
外は朝よりもかなり雨が降っていた。
しばらく待つとだいぶ雨の勢いがおさまった。
さっきまでニドリーノを育てていたのが偶然にも雨宿りになっていたようだ。
小雨になったのを見計らい、私は東京ドームシティに向かった。
今朝は今まで以上に寒い気温だった。
その程度は部屋の中にいても寒い程だった。
そして音の正体は、予想通り雨の音だった。
しかもその降り方は今までの降り方以上のものだった。
秋雨は今日まで続くとは聞いていたが、これほどのものだったとは…
1限目は憲法人権保障論。
包括的基本権についてをやった。
これは俗に言う「幸福追求権」の事である。
包括的基本権は当初、憲法14条以下に具体的に規定された人権を総称するものであり、ここからは具体的な法的権利を引き出す事はできないとされていた。
しかし、1960年代以降、ちょうど高度経済成長の時期になって、憲法における包括的基本権の内容を大きく変える事になった。
高度経済成長によって、環境や情報化社会、そして生命科学についての事が議論されるようになり、それによって人権の考え方が変わったからだ。
環境については、以前から議論される内容はあったのだが、問題にする程のものではなかったとの事だ。
今となっては環境や情報化社会は世界規模で考え直すべき事として取り上げられている。
法というのはまさに時代の特徴に合わせて変化していくものだという事があらためて強調される。
2限目は憲法統治機構論。
予算についてをやった。
ニュースでもよく聞く事だが、予算というのは実を言うと国会の議会内容の大部分を占めてるとの事だ。
予算というのは憲法上において誰が権限を持つかで議論が成されている。
明治憲法下では、予算の権限は天皇にあった。
現在では、予算国法形式説と予算法律説の二つの意見がある。
前者は法と並ぶ形式ではあるが、「法そのもの」ではないとする説で、これが現在の通説になっている。
後者は予算を法そのものとする説で、憲法86条、73条、60条を根拠にしている。
86条は内閣の予算作成と国会への提出義務、73条は内閣の予算作成と提出の権利規定、60条は国会の予算議決権がそれぞれ規定されている。
予算は国の一年の行動そのものに相当する事なので、それだけ細かい規定が必要になるわけだ。
鳩山さんは予算の権利についてどちらの見解を持ってるのだろうか。
3限目は商行為法。
商事売買についてをやった。
日本における商事売買は、大部分が商人間の売買になっている。
そのため、商事売買の規定も商人間の売買に関するものになっている。
一定の期間内に契約した事において、どちらか一方が履行しないために目的が達成できず、契約の期間 を経過してしまった場合は民法上ではその契約を催告なしに解除する事ができる。
しかし、そうなると履行期間経過後に価格が上がったら履行請求をして、下落したら契約を解除するというような売り主に不利な立場を与える事になる。
そのため、商行為においては解除を請求するために一定の条件を規定している。
一つは商人間の売買である事、もう一つは特定の時期じゃなくては利用できないものである事である。
クリスマスの時期を過ぎた時に予約したクリスマスツリーが売り主の過失で届かなかった場合をあげればわかりやすいであろう。
4限目は倫理学。
ウォルツァーと道徳についてをやった。
道徳というのは小学校時代に誰もが受けた事のある講義である事は間違いない事であろう。
そしてたいていの生徒は休み時間のように扱っていたのも間違いない。
ウォルツァーは道徳については「法規範による解決をする前に互いに納得し合う事を目指して話し合う事」であると述べている。
道徳というのは小学校の時はやたら何かの話を読んだり聞かせたりする、いわゆる紙芝居の時間みたいな講義だったと誰もが思うだろう。
今だからこそわかったが、道徳というのは
「小説や童話などの物語を通して生きる事の大切さやそのために何をすればいいかを知る講義」
なのである。
そしてその道徳を述べたのがウォルツァーなのである。
生きる事で大切な事は?というのは倫理の基礎である。
そのため、ウォルツァーはこれを倫理学のグローバル化だとも述べている。
今の小学生は道徳をどのように受け止めてるのだろうか…
外は朝よりもかなり雨が降っていた。
しばらく待つとだいぶ雨の勢いがおさまった。
さっきまでニドリーノを育てていたのが偶然にも雨宿りになっていたようだ。
小雨になったのを見計らい、私は東京ドームシティに向かった。