一昨日と昨日はとても長い1日のように感じた。

ただ歩き回ってるだけだったからか、時の進みが早いと思わなかったからか、いずれにせよ楽しみを満喫している時をそう思ったのは久しぶりの事であった。

ワールドホビーフェアのような憂鬱を晴らす日はまた来てくれるだろうか。



1限目は憲法人権保障論。

日本国憲法の基本原理についてをやった。

基本原理はおなじみの国民主権、平和主義、そして基本的人権の尊重である。

日本国憲法の前文では、主権が国民に存ずる事や、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにする事、そして権力は国民の代表者が行使して、その福利は国民が享受するなど、基本原理を具体的に表している。

法というものは、過去の誤りや不都合な規定を正して現在に至る「歴史的所産」である。

間違った過去といえど、それがあったからこそ今の法がある。

法というのは歴史をも感じさせてくれるものなのである。


2限目は憲法統治機構論。

代表民主制についてをやった。

憲法43条1項より、国会は「全国民を代表する選挙された議員」で組織される。

これは国民の意思、つまり「民意」を反映させるために定められている。

全国民の代表には2つの意味がある。

国民は代表機関を通じて行動して、代表機関は国民意思を反映するものだという政治的代表の考え方。

代表とは、国民の政治的見解と国民の選定した代議士の政治的見解との類似以外の何物でもないとする社会学的代表の考え方の2つである。

日本はこれらの両方がフィフティーフィフティーな状態の形で政治を行っている。


3限目は商法総則。

代理商と商業登記についてをやった。

代理商とは、商人のためにその平常の営業の部類に属する取引の代理または媒介をする者で、その商人の使用人でないものをいう。

商業使用人と違うところは、企業内に属しておらず、独立しているというところである。

例としてあげるなら、損害保険会社のために損害保険契約の締結の代理をなす損害保険代理店などである。

商業登記は、商人に関する一定の事項を商業登記簿に登記させ、公示する制度である。

第三者との対抗要件になるのはおなじみだが、登記前は善意の第三者に対抗できない。

例え後になって登記しても、本当に第三者が知らなかった時は対抗要件になれない。

登記は強い権利書だが、やらなければ意味はないというわけだ。


4限目は倫理学。

アリストテレスに立ち返った形の倫理学についてをやった。

前回の続きで、マッキンタイアはギリシャ神話「イリアス」を通した倫理についてを述べていたが、それと同じくアリストテレスの倫理を否定しつつ、それに立ち返ったらどうかという事も述べている。

アリストテレスにおけるアレテーは、〈他者〉との〈関係〉において「役割」・「義務」を果たす事と、〈主体〉における「質的に最高な事」(これをアクロテースという)の「状態」を作りだし、それを成立させ、最終的にそれを実現させる事であるとの事だ。

私におけるアクロテースとはいったい何なのだろうか…?



気がつけばもう6月下旬だった。


前期試験もそろそろである。

真の夏期休暇を取るためにもいい結果を残さなくては…

梅雨が明ける時は、試験というもう一つの梅雨が待っている。

試験でいい結果を出すまで気を抜くわけにはいかない。