「上野~札幌間の寝台特急が廃止されると、青森県と岩手県が困る」というのは、事情を知らない人にとっては因果関係を理解できないし、事情を知ってもやっぱり理解できない。「風が吹けば桶屋が儲かる」の逆で、「風が止まれば桶屋が潰れる」くらい難しい。

【画像:東北・北海道の寝台特急運行経路】

 今回の場合「風」は寝台特急で、「桶屋」は青森県と岩手県だ。その因果関係として、並行在来線を運営する第3セクター鉄道がある。風が吹けば桶屋が儲かるに例えると、「寝台特急が通過すれば運行会社のJRから第3セクター鉄道に線路使用料が支払われ、第3セクターと線路施設を保有する自治体が儲かる」ということだ。



 その風役の寝台特急は消えゆく運命である。JRグループは3月のダイヤ改正で上野~札幌間の寝台特急「北斗星」の定期運行を廃止し、8月までは臨時列車として継続する。同区間のハイグレード版「カシオペア」は例年通りほぼ隔日運行で継続の見込みだ。しかし、北海道新幹線が青函トンネルを走るようになると廃止という情勢だ。



 風が止んでしまうと、桶屋は儲からない。北斗星の場合、2013年度にJR東日本から青森県に支払われた線路使用料は約3億8800万円。IGRいわて銀河鉄道の数字は報じられていないようだ。青い森鉄道の路線距離で比較換算すると、IGRいわて銀河鉄道は約2億6000万円とみられる。これらの数値は両社の営業収益の約2割となり、北斗星が完全に廃止となれば減収になる。そして経営危機に陥るというわけだ。



●欲しいのは「カネ」



 JR北海道への寝台特急存続要請は、青森県・岩手県だけではなく、北海道も加わった。北海道は北海道新幹線の開業と札幌延伸によって、新たに並行在来線を引き継ぐ予定である。寝台特急の有無は、将来の経営計画にとって重要になる。もちろん線路使用料はほしい。寝台特急に継続してもらいたい。



 鉄道ファンの多くは寝台特急の存続を願っているし、私もその一人だ。ただし、青森県、岩手県、北海道が存続を要望してくれたことを心強く思ってはいけない。私たちと第3セクター鉄道の寝台特急存続は「同じ思い」ではないからだ。



 青森県、岩手県、北海道の要望は、実は寝台特急ではない。線路使用料つまり「カネ」である。「寝台特急は走らせませんよ。でも埋め合わせするカネがありますよ」となったら、第3セクター鉄道にとって寝台特急は不要だ。



 「東京行き、札幌行きの寝台特急がなくなると、青森県民、岩手県民は不便だ。だから残してください」というなら理解できる。しかし、両県とも地元の利用者の視点に立ってはいない。それもそのはず、北斗星は青森県と岩手県では旅客扱いしない。ただ通り抜けるだけだ。存続要請した3つの自治体のうち「利用客が困る」と言えるのは北海道だけだ。青森県、岩手県の寝台特急存続要請は、もともとスジの違う話である。



 寝台特急の線路使用料、通過する乗客の運賃だって売り上げである。しかし、青森県や岩手県は乗客の目的地でも出発駅でもない。寝台列車の売り上げ増加には寄与しない。だけど「おカネがほしいから廃止しないで」は通用するだろうか。



 寝台特急を存続し、継続運行によって売り上げを得たいなら、ただ存続してほしいだけではなく、「青森県内、岩手県内に1駅だけでも停車してください。そこから利用客を増やす取り組みをします」くらい言わないと説得力が無い。飛行機の話になるけれど、石川県は能登空港からの羽田便を維持するために、乗客が少ない場合も県が航空会社に対して運賃を補償している。でも、両県ともそこまでするつもりはないだろう。繰り返すが、目的は北斗星ではなくカネだからだ。



 今回の要望を聞いて、JR北海道は車両の老朽化を挙げて「新製する状況ではない」と正直に告白している。ならば青森県、岩手県、北海道は「車両は沿線自治体に呼び掛けて調達する」くらい踏み込んでほしかった。しかしカネがほしいだけの要望だから、カネを出す提案などできるわけがない。



●廃止の情勢に対して策はあったか



 青森県、岩手県は本気で寝台特急存続なんて考えていない。でも、現実問題として寝台特急に関連する運賃・線路使用料などは減ってしまう。そこに対策をしてきただろうか。



 青い森鉄道やIGRいわて銀河鉄道が発足したとき、北斗星は2往復だった。それが2008年3月のダイヤ改正で1往復になった。北海道新幹線の工事の影響だった。北斗星からの線路使用料は半分になった。ただし、このときは国の指導によって貨物列車からの線路使用料を増やして穴埋めした。



 時代背景として、それ以前に東京から九州方面の寝台特急は整理されていた。寝台特急の減少傾向、車両の老朽化、JRに寝台車新製の意向無し、北海道新幹線の開業準備などの要素を考えれば、将来の北斗星廃止は予測できた。鉄道会社の経営陣なら当然、含んでおくべき要素だった。その間、青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道は何か手を尽くしただろうか。



 北斗星の定期列車廃止および臨時化は、2012年6月ごろ、JRの労働組合資料を出元とする噂で広まった。2013年11月2日に河北新報が上野~秋田間の「あけぼの」廃止をスクープすると、報道各社の情報合戦が始まり、同年11月6日には共同通信が2014年度末の北斗星廃止を報じている。同年11月9日にデーリー東北が「北斗星廃止と青い森鉄道への影響」を記事化していた。このとき、青森県、岩手県とも動きが報じられていない。



 2014年5月、JR西日本は大阪~札幌間の「トワイライトエクスプレス」の廃止を正式発表。翌日、朝日新聞はJR東日本幹部の談話として北斗星とカシオペアの存続困難との見解を紹介している。ここでやっと北海道、青森県、岩手県が動き、2014年6月にJR北海道へ存続を要請した。それから半年が過ぎて、先日、また似たような要請を行った。ちっとも進歩していない。



●回り道せず、ストレートに窮状を訴えよう



 一方で、もうすぐ北陸新幹線が開業し、ドル箱の在来線特急「はくたか」を失う第3セクターの北越急行は、開業以来“その日”に備えて利益を蓄え、100億円以上も確保している。それだけではなく、北陸新幹線開業後は「超快速スノーラビット」を運行して、所要時間と運賃で新幹線と競争する意思を見せている。



 青い森鉄道やIGRいわて銀河鉄道も、発足したときから、いずれ北斗星は消える運命だった。それにもかかわらず、北斗星の乗客を増やす努力も、車両更新に協力して魅力を上げる努力もしなかった。また、寝台列車通行の代替案として新たな収益を見出す努力はあっただろうか。JRからの線路使用料は通常会計に組み入れず、ストックしておけばよかったではないか。……と、後から言うのはフェアではないけれども。



 ただし、減収は確実、存続の危機も迫る。別の形で国やJRの支援を受けるなら、無策のままで良いわけがない。知恵を使わない会社への支援はムダだ。国の支援の源は国民の税金であり、JRの支援を受けるなら、その負担の源は他の路線の運賃、つまり、JRの利用者が支払うことになる。



 いずれにしても、寝台特急は消える。青森県、岩手県、北海道は、この現実に向き合って、今後の収支を考え直さなくてはいけない。どうしても経営が成り立たないなら、国に並行在来線のあり方そのものを考え直すよう要請したほうがいい。火の車のJR北海道に支援を求めるより、国の交通政策に働きかけるべきだ。「寝台特急が欲しい」なんて回りくどいことは言わずに「お金が欲しい」と素直に言わないと、並行在来線問題の本質は伝わらない。



[杉山淳一,Business Media 誠]