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▼TRIANGLE△

~TRIANGLEの中心で生まれる物語~

女性社会人2人によるリレー小説です☆☆


目の前にいる少年のことを、恨んでいるわけではない。



あれはもう、10年前の話。大半の記憶は変化と細分化を繰り返し、一体何が事実で何が虚像なのかも判断できない。


だがしかし、それでも思い出さずにはいられないのだ。

見知らぬ大人たちに囲まれ、小一時間じっと俯いて動かない当時10歳にも満たないまだ幼気な少年。彼はきっと、自分が大きな罪を犯したことすら理解できていないのだろう。ただのちょっとした悪戯心と、それに対する罰との大きな差に戸惑い、ただただ混乱して震えているのだ。



轟然たる雷鳴が、窓をジュッと撫でる音で目を覚ました


なぜ、自分は今このような不思議な体勢でここに座っているのかをしばらく考えてから、凝り固まった腰を伸ばした。私、寝ている間にうっかりうめき声を出したりおならをしちゃったりしなかったよね。きょろきょろ周りの様子をみながら、そんなことはしていないと自分に言い聞かせた。

周りを見れば、クラスにいる生徒40人中、半分は寝て、四割は放心状態であることは一目でわかる。おまけに左斜め前の席の松本信夫は、どこを見るともなく幸せそうににやついている。見なきゃよかった。

窓際に置いてある名も知らない花。ここでは花ですら、花であることを諦めたかのように首をうなだれ、教室のしけた床をじっと眺めている。冷たい銀色の手すり。そこから伝わる実体のない冷気。窓枠の隅にたまった汚い埃、チョークの粉。ここは、どこにでもある、普通の教室だ。

教室の前ではわかりにくいと大評判の数学教師、秋山先生がめげる気配もなく無駄に笑顔を振りまきながら、全く刺激のない授業を進めている。彼女は30歳過ぎぐらいの愛らしい笑顔をする若い教師だが、最近付き合っていた彼氏に一方的にフラれ、仕事後は自棄酒を繰り返しているというのが生徒の間での専らの噂である。



窓を打つ風が、とにかく強い。もう六月というのにとても寒い一日だ。曇った窓からでも雨がしきりに降っているのがはっきり見える。校庭沿いの逞しい木々たちは、雨に打たれ忙しそうに、シャワンシャワンと雨粒を撒き散らしながら揺れている。

石油ストーブから一番席が近い佐々木君は、気分悪そうに首を右に傾け、両手で顔を覆っている。彼はこのクラス一番の成績の持ち主で、頭もよければ運動神経もいい。欲をいうと目がもう少し切れ長なら、私のタイプなんだけど。佐々木君も相当辛そうだが、窓際で後ろから二番目の私の席は、教室の廊下側に置かれたストーブの熱など無論届くはずもなく、この席もなかなか辛い。かじかんだ手でシャーペンを持つのも嫌なのに、その上湿気でノートがふにゃふにゃしていて、うまく書くことができない。登校時には、私のローファーがなんの抵抗もすることなく、水の進入を大いに許可したため、靴下はびしょびしょ。そのせいで冷え切ったつま先が、なんとも痛痒い。肩をすくめ、両手を太ももにはさんでこすりあえわせ、摩擦熱の威力を信じようと無駄な努力をしてしまうのは人間共通の心理なのだろうか、よく見ると窓際の人はみな股に手を挟んでいる。

寒い日は疲れる。春眠日中を覚えず、教室の電気のなんとなく古風な温かい色と、湿気をおびた空気で、こんな寒さにもかかわらず、再び瞼が重くなる…。


私は現在、高校二年生である。この高校は私が入学する一年前にちょうど校舎の改修工事が終わり、教室廊下も壁もピカピカになった。校舎の壁の色は全て薄い水色で、その屋上には、幾何学的でよくわからない形をしたオブジェが、控え目に建っている。公立としてはなかなか洒落た校舎である。

この高校には、中学時代にそこそこの成績を修めた元優等生達ややってくる。学年で話題になるような大天才もいなければ、常識外れの馬鹿もいない。

私がこの高校に来て学んだことはといえば、中途半端な成績を持った中学時代の元優等生達は、中途半端なプライドを持っているということ。そして中途半端なプライドを持つ優等生が集まると、みな無気力になり夢を持たなくなるということ。本当、全てが中途半端。まあ、私もその内の一人なんだけどね。


そんな魅力のない高校に来て、私が唯一よかったと思えることは、自分と同じ小・中学校の人間が一人もいないこと。周囲は、10年前に起こったあの事件を知らない。知っていたとしても、私があの事件の遺族であることを知る者は一人としていない。だから、むやみに同情されることも、不意に傷を撫で回されることもない。




「はい、じゃあこの問題を佐々木君に解いてもらっていいかしら。」


 突然、秋山先生のやけに甘ったるい声が大きく教室に響き渡り、私を含む数人の生徒がはっと顔を上げた。佐々木君はよくねぇよ、とでも言いたげにストーブに熱せられた真っ赤な顔を左右にゆらゆら揺らしながらだるそうに立ち上がった。立ち上がる際に引いた椅子が後ろの席の爆睡少年、山本隆の机にガンとぶつかり、山本のプラスチック製の筆箱がガシャンと大きな音を立てて床に落ちた。その音で再び何人かが機嫌悪そうに顔を上げた。佐々木君はわりぃと小声で言って、急いでかがんで散らばったシャーペンや消しゴムを拾ったが、山本はピクリとも動かない。周りの席の人は一度それに目を向けてから、再び寝る体勢に戻った。しゃがんで必死に山本の足元に手を伸ばす佐々木君が、なんだかとても小さく惨めに見えて、私は胃の中がむっとした。佐々木君は拾った筆箱を山本の席に戻し、しっかりと履いていない上履きを大げさにぺたぺたといわせながら、何も気にしていないように黒板に向かった。秋山先生もまた何事もなかったかのようににっこりとし、「白のチョークでお願いね」とどうでもいいことを言った。佐々木君は、正しい答えを、私の席からでもはっきりと見える大きな字でサラサラと書いた。

「完璧ね、佐々木君。どうもありがとう。」

佐々木君は不自然すぎるほど険のある目つきで、秋山先生のことなど微塵も見ることなく自分の席に戻った。

 秋山先生は、普段明るく挨拶するかわいい女子と、お気に入りの男子以外はめったに当てない。私はどちらにも該当しないため、授業に参加している生徒というよりは、その場に置いてあるただの数合わせだ。どうしようもなく気だるく空っぽな教室。

「今日はここまでにします。ここは宿題にするから、次の授業までにやっておいてね。終わります。」

と、秋山先生が言い終わるか終わらないかというところでタイミングよく授業終了の鐘が鳴り響いた。今までぐっすり寝ていたと思われる人も、みな都合よく目を覚まし伸びをした。





 私の両親は共働きで教員をしており、私は小さい頃から家に一人で過ごすことが多かった。両親は昔から、私に対して特別な興味を示さない。おそらく学校の生徒のことで手一杯だったのだろう。休日家族水入らずで遊びに行ったような記憶もないし、家族団欒で夕食を楽しんだような記憶もない。それに、そもそも私は父と母があまり好きではなかった。世間体を気にする母と、生徒の成績の文句ばかりを口にする父。そんな両親を、私は愛せなかった。

だから、家族で唯一私が大好きだったのは、年が11歳離れた兄、拓真だった。拓真は、妹の私から見ても、格好よくて、とてもモテたし、周囲には頼りにされ、信望も厚かった。両親はいつも拓真を褒め、私には拓真を見習えと注意した。私はそんな兄を妬ましく思うこともしばしばあったが、それでも拓真が好きだった。拓真はいつも笑顔で私と一緒にいてくれたから。


拓真の葬式には、私が知らない拓真の同級生達がたくさん来た。たくさんの女子生徒が泣いていた。中にはヒステリックになっている女の人もいた。そんな彼女達が、私はとても嫌だった。式の最中、すすり泣きの声に囲まれた私は、ただただ呆然と拓真の遺影をみつめていた。遺影の拓真は、いつものようにニカッと笑ってこっちを見ていた。なぜ両親は、こんなに楽しそうに笑う拓真の瞬間を、遺影に選んだのだろう。みんな泣いているのに、拓真だけが笑っている。そんな拓真が、私にはとても場違いに見えた。


兄拓真は、私が7歳のとき、交通事故で死亡した。


当時7歳だった少年が、悪戯で交通量の少ない道路沿いに鉄釘を並べたのだ。拓真はバイクで運悪くその鉄釘に乗り上げ、タイヤがけたたましい音を立ててパンク、拓真はバランスを崩し、ガードレールに首を打ちつけた。即死だったという。


罪状――まだ子どもの悪戯。法は少年を守れても、裁くことは出来なかった。


→→好きになる人 第二話

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