不確かでおぼろげな記憶ですが、
わたしは、2001年くらいから、
2009年に脱ステを行うまで、
じんましんを抑えるため、
抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)を服薬していました。

これから記します記録は、
わたしの体験した症状でして、
薬を絶ったからといって、
みなさまに同じ症状がでるわけではないと思います。

また、抗アレルギー薬との関係は判りませんが、
わたしは2003年に、急性肝炎(EBウイルスによるものと言われました)にかかっています。
もとより、肝臓が弱かったかも知れません。
また、他の記事にも記しておりますが、
ステロイド外用薬、漢方薬も併用していました。
そのような状況にあった、ひとりの体験として、ご覧くださいませ。

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約9年間、最初の3,4年はジルテック(たしか5mmのほう)
その後は、病院を変えたためアレロックを、
調子により、毎日~2日半くらいに1錠ほど、
飲み続けていました。


薬を絶ったときは、ステロイドのようにすぐには、
完全にやめられませんでした。

まだ、薬をやめた自分の状態が、
どういうものか、よくわかっていなかったときには、
自転車で15~20分ほどの距離で、
全身に凄まじい、じんましんが出て、
身動きができなくなりました。
こういうときは、やむなく薬を飲みました。

自転車で、でかけること、
また、気温にもよりますが、10分以上歩くことは、
ほぼできなくなりました。
仕事へは、バスで行くようにしました。

出かけて、どうしても動かなくてはいけないときは、
これは、じんましん出るな、
という気配を感じたら、出先ですぐ薬を飲みました。

薬を極力飲まないようにはしていましたが、
すぐにはやめられなかったのは、
こうして出るじんましんが、
本当にひどくて、これが、気管や内蔵に出たら、と思うとぞっとして怖かったためです。
(実際にそうなったことはないので、
そうなったらどうしよう、という想像です。)

全身にわたってじんましんが出るのですが、
ひどいときには、あまりにかゆくて敏感になりすぎ、
触れることもできないような、炎症がおきました。

あと、毎度、なぜか首の後ろ側が、
体験したことないほど熱くなりました。

出先でこのような、状況になったときは、
自販機で冷たいお水を1,2本買い、
トイレに入り、薬を飲み、
冷たいお水を飲めるだけ飲んで、じっと耐えました。
ひとここちつくまで、1時間弱ほどだったでしょうか。
水は、平気で1リットルから1.5リットルはすぐに飲みました。

薬を飲まないようにしたかったので、
なるべく動かないように生活し、
そのうち、冷たい水のみでしのぐようになりました。
あと、夏場など、仕事場では、
異様に熱くなる首の後ろ側には、
保冷剤をてぬぐいに巻いてあてて過ごしました。

お風呂は、脱ステの症状もあり
(と書きつつ、脱ステ、脱抗アレルギー薬の症状をわけるのは難しいなあ、と思っています。)
あがったあとも地獄でした。
ちょっとでも長く入ってしまうと、
もれなくすんごいじんましんが出ました。
脱ステでぼろぼろの身体にじんましん…。

そういったことを繰り返しながら、
すこしずつ、すこしずつましになり、
薬をやめて、4年半ほどの今、
この冬は、ゆっくりと30-40分のウォーキング、自転車、
15分くらい湯船につかることは、
大丈夫になりました。

身体の内側からくる、
あのじんましん特有のかゆみはでることもありますが、
ぷっくり炎症が出ることはなくなりました。

脱ステに必要なこととして、運動があげられているなか、
運動はまったくままならなかったので、
まず、ステロイドをやめて、
それから、抗アレルギー薬をやめてもよかったかなぁ、と思います。

脱薬は、時間も沢山失ったと思いますし、
苦痛も多く、まだすこし続いてもいますが、
抗アレルギー薬を飲み始めて以来、
手元に薬がないと不安に思っていて、
もし海外旅行行くことがあって、
薬落としたらどうなるんやろう、とか、
大きな地震で薬が手に入らなくなったらどうしよう、など
心のどこかで、漠然とした不安をいつも持っていて、
それがなくなったことがとても清々しく感じます。

再び記事を書き始めてからは、

スマホで書いていたのですが、今日は久々にパソコンから。


で、パソコンから見ますと、前回、“長くなりましたのでこのへんで”とか、

書いておりましたが、全然長くないですね!びっくり。


パソコンのキーボードは黒いので、

自分の皮膚が落ちるのが苦痛でした。

今日は、ちょっとマシです。

仕事でも、パソコンを使っていたので、とても気を遣いました。


と、話が少々それましたが、でも、

今日は仕事について書きたかったのです。


前回、大人の脱ステロイドは、

ほんとにほんとに、難しいと思う、

といったことを書きましたが、それは、

仕事や学校をどうするか、ということです。


何度か記していますように、

わたしはステロイドをやめるとどうなるかを知らずに、

薬を絶ちましたので、

身体の症状が、劇的に悪化していく中、

仕事を続ける/辞める の思考もままならない状態となり、

あわあわと、脱ステ後も仕事をつづけました。


小さな映画館に勤めていたのですが、

映画館での上映企画などもやらせてもらい、

仕事が楽しくなり始めた時期でもありました。


きっぱり、仕事を辞めて、

「治療する」という気持ちで、

もっとまじめに脱ステおよび、自分の身体に向き合えば、

“早く”良くなっただろうか、と考えることもありましたが、

毎日きちんと仕事に行っていたことで、

救われていた面もあり(しんどいことももちろん沢山ありました)、

“わたしにとっては”良かったと、今は考えています。


(仕事を昨年10月に辞めて以降、

前に比べれば身体の症状はそんなにひどいわけではないのに、

家から出ない日がとても多く、

無理やりにでも外に出る仕事があってよかったなあ、と改めて思った次第です。

あと、もちろん、お給料をもらえていたことは大きいです。)


脱ステというのは、目に見えている症状は似通っていたとしても、

原因や、その症状がいつおさまるのか、というのは、

もう、ほんっとうに、ほんとうに、

百人いれば、百通りあるのだと思います。


それまで使っていた薬の種類や、量、

生活環境、生活態度、それにともなう体質と、

生まれ持った遺伝的体質。

こういった要因などで、脱ステ後の症状はちがってくるだろうし、

症状の程度や、収まるのにかかる期間を予想することは難しいと思います。


ですので、一家の家計を担っているおとうさん、

パートも子育てもあるおかあさん、

実家を出て一人で暮らしている人、

思春期の楽しい事も多い、周りの目も気になる、学生さん。

みんなみんな、ステロイドを辞めるのには、

計画を立てることも、ままならないうえ、

失うものも多分にあると思います。


ステロイドをやめるということは、きっと、

ステロイドに対してだけでなく、そのほか、生活の大部分の価値観が変わることだと思っています。

むしろ、価値観が覆らなければ、脱ステロイドを続けるのは、難しいのではないかとも思います。

わたしは、脱ステロイド中に、東日本大震災・原発事故が起こりましたので、

(関西に住んでおり、ニュースなどでしか、状況を知りませんが・・・)

この気持ちが、強くなりました。


失うものがあったかわりに、価値観が覆りました。

なにがよいかは、判りません。

やすやすと、人に、ステロイドをやめることは勧められません。

なので、わたしは、わたしの体験を、ここに書いてみるばかりです。


今回こそ、長くなってしまいました。


今度は、抗アレルギー剤をどんな感じでやめたか、

書いてみたいと思います。

それではそれでは。

過去の記事に書いたことと、
重複してしまう部分もありますが、
脱ステロイド・脱抗アレルギー剤で生活する、ということを選ぶことについて、
思うことをすこし書いてみたいと思います。

わたしは、ステロイドをやめるとどうなるか、
まったく知らないままに、
使っていた薬の(ほぼ)一切合切をやめました。

頭皮と首、肩が、ぱんぱんに凝り、
おでこの生え際がただれたようになり、
薬を塗ってもらなかなか治らない状態で、
身体が全体が、ぎりぎりしているような感じがしていました。

「もうイヤー!!!」と思って、
薬をやめたので、ぼろぼろになりながらも、
薬をもう一度使おうという気持ちにはなりませんでした。

ただ、自分は、
ステロイド、抗アレルギー剤を使わない、
という選択をしましたが、
人には勧められません。
わたしには、歳の離れた弟がおり、
弟には、なるべく薬を使わないですむように、母と話していますが、
肉親ではありますが、
父が外用だけでなく、
内服のステロイドを使っているのを
横目に見ながら、何もできず、
何もせずにいます。

子供は、出来る限り、
使わないですむように、
働きかけたいですが、
大人の脱ステについては、
ほんとにほんとに、
難しいだろうと考えています。

長くなりましたので、
一度このあたりで。
また、続きを書きたいと思います。