51年生きて、今、足が地についてない感じがしている。

 

 これまで、振り返ることよりも常に前を向いて走ってきた。その中では、立ち止まって自分を見つめる時間はなかった。半ば「負けてたまるか」と、なりふり構わず仕事に打ち込んできた道のりだったと思う。

 

 しかし3年前、母に告げられた「私の子ではない」という時から、宙をさまよっているフワフワとした感じが生じている。そのフワフワ感・めまいの様な状態を打ち消す為に、仕事に、そして順天堂との交渉に打ち込むことで、手ごたえをつかもうとしてきたが、仕事もどこか歯車が今一つ、順天堂との話し合いも、結果「真実を知りたい」という目的得られず、悶々として今日に至っている。

 

・ この先どうなるのか。

・ 母と共に実の母子に会えるのか。

・ 我が子の戸惑いに終止符を打てるのか。

 

夢そして希望を描いて前を向いているつもりながら、立ち止まって考えると、自分の人生に実の祖父母の顔も・実の父と母の顔も浮かばず、おぼろげならこれまでの・これからの母、そして、亡き祖父母と去って行ったあの時までの父の姿が揺れている。

 

 今、しみじみと思っている。これが私の『宿命』という人生なのかと・・・、闘い続ける人生なのかと・・・。