寝落ちその他で月またぎになってしまいましたが、二月末の倉敷への旅行記です。

2/27(月)夕刻、倉敷アイビースクエアに到着。食事の前に美観地区を散策します。旅行支援のお陰でお安く泊まれました。一泊二食にお買い物クーポンが付いて部屋代はほぼタダみたいな計算になります。

元々倉敷に妻の実家があったので、縁がなかったけど、一度泊まってみたかったのです。夕食のコースも美味しゅうございました。下津井のタコの反発力は強大でした(笑)

しおんもウハウハ食べてました。さすが一流シェフの料理ですね。ふむふむ、デザートなどは参考になります。

倉敷川はライトアップ用の傘が満開。ホントはしおんの撮影用にここの夜景や水島の工場群などを考えていましたが、夜の外出はしおんは及び腰でした。これは翌日しおんが撮ったものです。



大原美術館、倉紡記念館を見学してから10時すぎにアイビースクエアを出発。「カレーまみれ」の私はまだ暗いうちに車の移動のため外に出ましたが、昼間のバカ陽気とは反対にフロントガラスには霜が降りていました。岡山って寒いんですね。

これとほぼ同じ構図で義父母が写った写真を妻が持参していました。これはしおんの撮影。ここからは妻の追憶の旅になります。

倉敷市内ですが、ちょっと離れたところにある元の義父母宅です。AOI兄やしおんも小さい頃よく遊びに来てました。義父が裸一貫自分で築いたお城です。手前が義母がミシンの内職してた離れ。
今は売り家になっています。近所の方で義父母を覚えている方がいて、妻は長いことお話してました。
やむを得ぬ事情があったにせよ、義父母はここを売って大阪に出て来たのです。生きてるうちに再びここへ来るのは、ためらわれたものと思います。「戻ってきたよ」…妻は遺灰を少し持って来ていました。

続いては児島の菰池(こもいけ)団地。ここが妻にとっては一番思い出がある場所です。今は住んでいた建物は建て替わっていました。まだ小さくて、とても急に感じた坂、遠かった道などすべて懐かしい場所なのです。

団地から少し車で行くと海に出ました。水島の煙突が見えます。ここは義父が休日によく来て、釣りをしていたところだそうです。「お父さんお母さん、帰って来たよ」…妻はまた、ちょっと撒いたようです。
このブログを書くより前に、今日一曲書いてみました。
川面に映る 白壁の家
蔦と溶け合う アイビースクエア
義父義母(ちちはは)がいた 倉敷の街
同じ構図で 撮るエルグレコ
義母(はは)が育てた 花壇も今は
守る人なき 静かな売り家
還って来たよ 何年ぶりかな
そっと手向ける 一輪の花
急だった坂 遠かった道
今も夢見る 幼い記憶
休みはひねもす 釣り糸垂れてた
思い出の海 義父義母(ちちはは)が還る
「追憶の旅 倉敷」 ©2023 Master Nob
お粗末さまでございました。
