将棋関係の連載から山口瞳を読み始め、直木賞受賞の「江分利満氏の優雅な生活」や長編の「血族」も読んだし、亡くなるまで一度も連載に穴を開けなかった(締め切りを守ったことと、急激に病状が悪化したことが関係)週刊誌連載のエッセイ集も最後まで買っていた。
そんな山口瞳だが、「モノを書く」ことについて「書きたかったら、出し惜しみせず全部書き切ること。何もなくなったと思っても、やがて澱(おり)のようにだんだん降りて来て、また書けるようになる」と、どこかで書いていた。私は素人作詞・作曲をしてるけど、「行き詰まり」「資源枯渇」を感じながらも、これに頼ってとにかく、ひとつひとつまた作ろうと思っている。

また山口瞳は、「誰でも一本の自伝小説が書けて、それは並の作家が書く物より面白いはずだ。だからモノ書きを職業とする者は謙虚であるべきだ」とも言っている。ああ、なるほど素人がネタ切れ(特に作詞の)に悩むのは仕方ないな、と納得したりする。
今日は第二日曜定休日。にわかに寒くなって、今季初少し暖房を入れ、しおんとほぼ日がな風の家で過ごしました。既報の通り、今月から第三日曜も休業、第一日曜フリマの日も、もしカフェの入りがさっぱりなら、やがては考えるかも。何やら商店街フリマが他所での企画とカブッてるらしいけど、それは日程もさることながら、ウチでのコンテンツ自体の問題が大きいと思いますよ。つまりは悪循環です。

さて今日は何をしてたかというと、結局新曲をひとつ大体仕上げたくらいでしょうか。相撲も始まったので、早めにBS放送から観ておりました。ただし、創作に余計な情報は邪魔です。曲の途中で「ここにもう少しフレーズがほしい」…何か詞を入れる作業に難航しておりました。そういう過程もあるのです。自分なりにこれから歌い込んで、かなりメロディ等も変わります。それからやっと、完成ということになります。
"When I'm sixty-four"と
ポールが歌った年齢を
もう僕は いくつも過ぎたけど
まだ必要と されているかな
何だか怖くてきけないよ
ああ 富士に抱かれた街で
過ごした日々を想う
二人で歩む この砂道 ふと振り返れば
同じ数だけの 足跡が続いている
"When I was just a little girl"
ドリス・デイが歌う「ケ・セラ・セラ」
"Let it be" と 深刻に歌うより
大阪の空に 合っているかな
まあ なるように なるかもね
ああ 素朴としか 言えない街で
過ごした日々を想う
二人で駆ける 自転車道 ふと振り返れば
同じ長さだけ 轍が続いている
轍が続いている
振り返れば 夢のような人生 「振り返れば」 ©2023 Master Nob
※通常一行程度の歌詞の引用は問題ないはずですが、著作権上大丈夫ですかね~?
昨日の夕方、高校の同級生を名乗る人がお初で来店、現在は東京が拠点だそうです。自宅付近はもちろん、高校はこの商店街も完全に校区内ですから、時折いろんな場所で小中高の同級生に出会います。ただ中高あたりで「〇〇期」「××部」と言われると、まず応対できませんね。部活はしてなかったし、その後教師生活が長かったから、自分の学生生活が一番遠い記憶になっています。若い頃の同僚との区別も曖昧になっています。申し訳ないですね。
そして私は、たぶん自分の流儀なのでしょう、いつも「今が一番」なのです。教師になってからもそうでした。いくら居心地良く、勝手が良かったからといって、職場が変われば、もう元の場所では何もできない。今いるところで気持ち良く過ごせるように切り替えて生きる。器用に過去と両立できるはずがない。それしかないと考えて来ました。
だからごくごく少量の思い出を除き「昔のよしみ」を言われても、現状で上書きしない限り難しいと思って下さい。やむを得ないことだと私自身は思っています。
長々とご退屈さまでございました。
