【看守】(かんしゅ)
刑務所などでの囚人の監督や警備などに従事する法務事務官で、この職業を務めたのちに定年退職した人にはこのような武勇伝がある。
友人の奥さんがベビーカーを使っていたらベビーカーが邪魔扱いされたので、友人の父(定年退職した元刑務官。ヒグマを素手で倒せそうな外見)が同行したところ、一週間前に邪魔扱いされたのと全く同じルートであったにもかかわらず誰からも邪魔扱いされなかったというハートフルストーリーを聞いた。
— 德薙零己 (@rtokunagi) October 4, 2015
【管守】(かんしゅ)
保管し守護すること。また、その職務を務める人。学芸員や図書館司書は収蔵品に対するこの職務の専門職であるが、専門知識を求められるのに待遇がムチャクチャ悪い。
【緩手】(かんしゅ)
囲碁や将棋で相手に打撃とならない手。相手や観戦者にそのように思わせたあと、「十九手目のこれは狙ってたのか!」と思わせるのはドラマティックであり、それを喰らうのは果てしない屈辱である。
【観取】(かんしゅ)
実際に見て把握すること。それが科学である。
【館主】(かんしゅ)
旅館や映画館など、「館」とよばれる所の最高責任者。ちなみに当ブログの筆者は、16ミリフィルム限定で、その職務に就く資格を有している。
【巻数】(かんじゅ)
僧侶が願主の依頼で読誦した経文や陀羅尼などの題目、巻数、度数などを記した文書や目録。木の枝などにつけて願主に送る。父の葬儀ではこれを体験しなかった。体験するとしたらものすごい高額だったろうが、我が家では無理だ。
【官儒】(かんじゅ)
朝廷や幕府に仕える儒者で、論語をはじめとする孔子の教えに詳しい。なお、その教えに従った生活をしているとは限らない。
【官需】(かんじゅ)
政府や官公庁の需要。また、その需要に応える物資で、これを税の無駄遣いと否定すると、待っているのはさらなる不景気である。
【感受】(かんじゅ)
印象などを感じて心に受けとめること。SNSが隆盛を極めている理由の中には、この受け止めを正直に書き記してもいい場所であるというところもあるだろう。
【感受】(かんじゅ)
外界の刺激を感覚器官によって受け入れること。理論上、先天的な理由や、病気やケガといった後天的な理由で視覚や聴覚などに問題が生じても、刺激を伝える信号を神経系統に流せば、その問題を回避できる。今はまだ理論上の話であるが、そう遠くない未来に理論が現実化するはず。
【漢儒】(かんじゅ)
もともとの意味は中国、漢代の儒者。転じて、中国の儒学者。さらに転じて、日本の儒学者も含む。最後のに至ってはもはや「漢」である必要も無いのではないかと突っ込みたくなるが、そこは敢えて指摘しない。
