偉大なる皮肉・深夜放送編 | Short+α

Short+α

新作公開
https://amzn.to/446DlZF

○昭和44(1969)年の今日、文化放送の深夜番組「セイ!ヤング」が始まった。これによりラジオ各局の深夜放送が整った、つまり、文化放送の新番組で主なラジオが揃って深夜放送をするようになったのだが、この流れは文化放送から始まった。

○ラジオ深夜放送のスタートは昭和27(1952)年に占領軍の軍人とその家族を主な聴取者として想定した「イングリッシュアワー」であり、間もなく洋楽を紹介する「S盤アワー」によって深夜放送が世に登場したが、この時点ではまだ一般的ではない。

○どういうことかというと、放送時間が遅い番組なだけであり、一方的に音楽と喋りを電波に乗せだけで若者とのコミュニケーションを前提とする番組構成ではなかったのである。

○若者を主たる聴取者とする深夜番組の嚆矢は昭和40(1965)年に放送が始まった文化放送の「真夜中のリクエストコーナー」である。従来の単に放送するだけの番組ではなく、聴取者とのコミュニケーションを成り立たせる番組が世に出た。

 

○ただし、この時点でのラジオは家庭単位の電化製品であって個人所有の電化製品ではなかった。夜更かししてラジオを聴くことができる人は限られていたのである。

 

○若者が主たる聴取者となり得たのは、昭和43(1968)年のNHKラジオ受信料廃止が理由である。それまではラジオを持っているならラジオ用の受信料を払わねばならなかったが、昭和43(1968)年以降は、テレビは持っていないがラジオを持っているという人であれば受信料を払う必要が無くなったのである。

 

○これにより、個人的にラジオを持つことが容易になった。技術の進歩によってトランジスタラジオが安値になったことも無視できないが、ラジオを買うと毎月いくらか分捕られるのが無くなったというのがラジオを広く普及させる要因となり、若者が気軽にラジオを買えるようになった。

 

○そして、深夜番組を一人で聴くという文化が生まれた。ただし、そこに孤独感は薄い。聴いている側、すなわちリスナーと、番組出演者、すなわちパーソナリティーとの間のつながりがあった。

 

○リスナーは番組にハガキを送り、パーソナリティーはハガキを読んで会話を繰り広げる。映像を伝えることのできないラジオというメディアであるため、電波に乗せるには言葉だけのインパクトが必要になる。このつながりが深夜番組には存在する。

 

○そして、パーソナリティーは若者のスターとなる。特定のパーソナリティーの番組を聴くことが若者の間で共通体験となり、新たな文化となる。そこには既存の文化に乗るのではなく新たな文化の創造がある。

 

○ここでの新たな文化の創造に求められるのは映像に頼らない言葉だけのやりとりの能力である。体験を語り、思いを語り、ハガキをはじめとする文字だけの情報をいかに興味深く読み上げるか、読み上げることでいかに反響を招くかである。深夜番組を構築するのは、パーソナリティーとリスナーとの、文字と音だけのコミュニケーションである。

 

○ただ、現在の深夜番組にかつてほどの文化の最先端の勝ちは存在していない。深夜番組が劣化したのではなく他の選択肢が勃興してきているのである。深夜番組の変化や影響力の低下を危惧し研究しても無駄かもしれない。

 

○それよりも、むしろ現在でも一定の影響を保持し続けていることに視線を向けるべきであろう。

 

おじいちゃんといっしょ おじいちゃんといっしょ
徳薙 零己[著]
Amazon Kindleインディーズマンガにて無料公開中!

 

ブログランキング・にほんブログ村へ