偉大なる皮肉・バレンタインデー編 | Short+α

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あなたの理想の『バレンタインデー』妄想しちゃおう!

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○厳密に言えば、聖バレンタインデー(St. Valentine's Day)という日は無い。これは何も徳薙零己が無縁だからというわけだからではなく、また、今年のバレンタインデーが日曜日だからと言うわけでもない。






○1969年に行なわれた典礼改革の際、聖ウァレンティヌス(Valentinus)の実在性に疑念が生じていることから、カトリックの聖人暦から聖バレンタインデーは削除されている。






○1969年まで2月14日が聖バレンタインデーとして存在していた理由は、伝説上の人物である聖ウァレンティヌスの命日が2月14日とされていたから。






○伝説上ではあるが、聖ウァレンティヌスは、キリスト教が禁止されていた時代のローマ帝国に存在していたキリスト教の人で、当時禁止されていたローマ帝国の兵士の結婚式を執り行ったことから、処刑されたとある。






○伝説上では、当時のローマ皇帝であるクラウディウス・ゴティクスが兵士の結婚を禁止したのに反発して結婚式を挙げたとあるが、ローマ帝国の常備軍が成立したアウグストゥス帝の時代から200年間は兵士の結婚が禁止されており、結婚が認められたのはセプティミウス・セヴェルス帝になってから。






○クラウディウス・ゴティクスの時代に兵士の結婚が再び禁止になったという記録は見つからなかった。この時代は頻繁に皇帝が登場しては死にといった時代であったから、兵士の結婚に関する朝令暮改の命令が出ていた可能性はある。






○当時のローマ時代の兵士の残した手紙の多くに、遠く離れた妻や子へ宛てた手紙が多く残されている。






○という状況で、兵士の結婚式を挙げたことが本当に処刑の理由になるのかどうかは怪しい。






○それに聖ウァレンティヌスの素性も怪しい。ローマの司教という説もあれば、テルニの司祭という説もあり、ローマ領アフリカの殉教者とする説もあって一定していない。






○バレンタインデーの起源は伝説上の聖ウァレンティアヌスの死後から1100年以上経ってやっと登場する。






○ただし、2月14日に恋愛に関するイベントがなかったわけではない。その当時は「ルベルカリア祭」と呼ばれる祭りがあった。






○ルベルカリア祭では、女性が自分の名を記したクジを桶に入れ、男性が桶の中からクジを一枚引く。そこに記されていた女性と祭りの間パートナーとして一緒に過ごしていた。そして、これがきっかけで結婚に発展するケースもあった。






○それが異教的ということで、1000年以上前の伝説の人物を持ち出してきた、というのが14世紀にあって、それがいわゆるバレンタインデーのスタート。




ボビー・バレンタイン 魂の言葉/著者不明





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