昔からそうだからとマニュアルを子どもに強要する。
みんなそうだからと平均化する。

それでは生き抜けない時代がきつつあるような気がします。
いや、すでに来てる。

サッカーはまさにアドリブの連続

型にはめることを強要しなければ身に付くものが多いと確信しています。

プラスしてミライ∞ラボでさらに。




以下はある方のブログです。


この世界は、「アドリブ」で出来ている。


 なぜならあらゆる体験に、これまでと「全く同じ」ものなど何一つ無いからだ。


 「その瞬間、その状況」という意味で全ての事象は「初体験」であり、本来「初見の対応」が常に求められているのだ。
 つまり、「即興性」を磨かない事には、本当の能力を磨いた事にはならない。


 教科書通りの型にはめた対応は、「似た事象」を「同じもの」として画一的に処理させようとする。

 それは「対応」としては非常に荒く、「最適」から必ずはずれる。
 「最適」に近づくためには、「自分で考える力」が必要不可欠なのだ。


 あらゆる分野における教育の問題点は、「考える」「発想する」前に「覚えさせようとする」事だ。

 当然、「自分で考えられない」人間を量産する。
 「考えない」で、「決められたプログラム」を忠実に実行する存在。
 それは「ロボット」だ。

 現在、人間の「ロボット化」がどんどん進行している。


 「この世界は、「アドリブ」で出来ている」ととらえ直すこと。

 それは、人間を「ロボット」から「人」へと取り戻す行為なのだ。