いきなりキャッチーなタイトルで失礼します

親の愛は無償の愛
なんて、誰が言った?www
ある意味、親心ほど呪いに満ちたものも無いかもしれません。
そんな事言ったら、皆んなに嫌な顔をされるかも知れませんが、例えばこんな事例を見たりやったりした事は有りませんか?
★「あの子は良くないから、気を付けなくては。うちの子に近づかせないようにしなくては」
★子どもの喧嘩に割って入り、どちらが悪いのかを大人の理屈で決めようとする
★子どもがやりたいと言った習い事でも、「向いてない」「続きそうにない」「将来役に立たない」などの理由で却下する
★子どもの進路を、大学あたりまでなんとなく脳内で決める
皆んな子ども達に幸せになって欲しい、自分の味わったような辛い思いをさせたくない、そんな思いからの助言やアクションなのでしょう。
少し前までの価値観として
心配=愛情
という図式が刷り込まれているのも一因でしょう。
ですが、心配のエネルギーをよくよく見てみると、そこには自分の癒されていない傷が根っこにあるように思います。
親は知らず知らず、自分の癒されていない傷を子どもに投影している場合が多々あるのではないでしょうか?
子ども達はほとんどのコが、親の抱える痛みを引き受ける覚悟を決めています。
なので、親の望み通り、心配に値する人生を歩もうとします。
もしくは逆に、親の抱える傷を浮き彫りにするような事をやらかしてくれます。
子ども達にとって、親が満たされ幸せであることは、自ら決めてきた人生のテーマを遊ぶことよりも、時に優先されることです。
例えば、友達と遊びに出かけるにしても、家に病気で不幸せそうな親が待っているかと思うと、なんとなく気になって遊びに集中できません。
更には、心配という重たいエネルギーコードは、子どもの身体に付き、病気の原因に成り得ます。
これを呪いと言わずして何と言おう^^;
子どもの幸せを願っている筈なのに、これでは本末転倒もいいとこです。
ではどうしたらいいのか。
子どもに対して心配が過剰だなと気付いたならば、まずはどうしてそう思うのか?
自問してみると良いかも知れません(いつもながら、これ、私の失敗からの学びです^^;)
セッションでエネルギーコードを外したり、トラウマの原因を探るお手伝いもできますが、やはり自らの気付きが無ければ、対処療法に終わると思います。
結論。
子どもの幸せを願うなら、とっとと自分が幸せになるしかない!
躊躇なく自らのハートに灯を灯しちゃおう╰(*´︶`*)╯♡