僕は、どうにかして一刻も早く汽車に乗りたいものと
そればかりを念頭に置いた。
たまに来た上り列車は、田端に止まらずして向こうへ行ってしまい
日暮里から来た汽車は、又 ここへ止まらずに行ってしまった。
そうして漸く(ようやく)午後五時頃か、上り列車が王子の方からやって来た
と、思うと
神の恵みと云おうか、僕の願っていた田端駅で止まってくれた。
*
人々は、窓から這入る者、屋根に登る者と 先を争って乗った。
僕も今度こそは乗らなければと思った。けれど
混乱の中で、容易の事ではなかった。
*
若い女が、入り口の所まで行って なかなか乗れそうもなく
手間取っているので、僕は 後ろから押し上げてやった。
そして
僕はというと、愈々(いよいよ)乗ってしまった。
その時の心持ちと云って、僕はやうやう帰省の途に就けたことが思われて
安堵の胸を撫でおろし、ほっと溜息をついた。
けれど、車内の混雑と云ったら又、口には云えなかった。
一杯に這入った上、まだ窓から頭下しに入り込んで来る者
大声を上げて怒鳴る者
子供の泣き叫ぶ声
そうして、汽車は容易に発車せず
車内は、人の息や熱で 窒息するばかりであった。
僕は、便所の傍(そば)だったので 嫌な感じがした。
しかし、乗られたことを何よりの幸せと思った。
で、背負って居たバスケットを下ろして、両足の間に置いた。
汽車は、漸くにして動き出した。
続く

