考え方を変えたら自己嫌悪で死にたいと思うことがなくなったとは言わないがかなり少なくなった。しかし虚無感だけはしつこく残り続ける。
生きていることの虚しさを感じるようになったのは大学に入ってからだ。一年の選択授業で地球の生命の種類や進化についての授業があった。そこで寄生虫の生活環をしった。誕生から死まで非常に効率化されていて無駄がない。種の繁栄のためだけに個が生きている。
それを知って悟った。人間もそうなのだと。
思春期の頃から考え続けていた自分が生きている理由。その答えがそこにあった。
ホモサピエンスの一個体である自分自身は種の繁栄と存続の為だけに生きているのだ。つまりは子孫を残すためだけに生きてる。気が付いてしまったその瞬間、自分の中から生きる気力がなくなった。死ぬ気力もないが。
自分が何か残せるような人だったらきっとこんなことにはならなかった。種を存続させるためだけに生きていたとしても何か残る何かを作れればその虚しさをごまかすことができた。曲、小説、絵、子孫そんな何かを。
だけど自分は人格破綻者で恋愛もできないので子孫は作れず、芸術的才能もないので創作物を残すこともできない。自分が死んだとしても残るのは腐った肉体だけだ。
それが虚しくてたまらない。