というか、最近歴史ネタが無いような気がするので…
これは、九州三国志の雄の一人、大友宗麟です!
写真は、大分駅前ですね~
もともと大友家は鎌倉時代からの名家で、戦国時代には、いち早く南蛮文化を取り入れ西洋医術や音楽、何より鉄砲を駆使して豊前、豊後、筑前、筑後、肥前、肥後の九州北部6カ国を征しました!
その過程で、肥後の名家菊池氏を滅ぼしましたからね~
とある説には、戦国時代に一番鉄砲を有していたという資料もあるぐらいです。
まさにコレですね~
この石碑のソバにもやはり、
大友宗麟です…
でも周りには、中国地方の毛利家・肥前の龍造寺家・薩摩の島津家と強国があり、徐々に衰退していきます。。。
そして1578年島津家との耳川の戦いで大敗してしまいます。
この時、南蛮文化を取り入れるために布教活動を認めていた「キリスト教」にホントに入信してしまい、フランシスコ・カブラルから洗礼を受けてドン・フランシスコと名乗ります。
これはキリスト教を認可させたフランシスコ=ザビエルの像です。
ここから没落に入ります。。。
跡目相続、宗教対立による家臣団の分裂などが起こり、最後には豊臣秀吉に臣従します。。。
その後の大友氏は、豊後一国を任せられますが、朝鮮出兵で改易・徳川政権下では高家として残ります。。。
いまの時代もそうですが、宗教に染まり過ぎると…ですね。
ものの哀れを感じます。。。