日本三大名城! | Tree Thinking!!

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福岡を中心とした、日々の自由気ままな生活での思ったことや感じたことの内容です。。。

11月の3連休ですね~
嬉しい。。。
ということで今日は、熊本に来ました~!
熊本のシンボルと言えば、やはり熊本城ですよね!


熊本の繁華街からもバッチリ見えます!
今回は、天守閣の手前にある本丸御殿を見に行きました~。


まずは二の丸から見た天守閣です!
さすが日本三大名城の一つですね~
ちなみに日本三大名城とは、熊本城・大坂城・名古屋城ですが、このすべてに加藤清正公が携わっています。
まさに『土木の神様』ですね~、素晴らしすぎます!

そして二の丸には、ある記念碑を発見しました。

神風連の石碑ですね~
学校で習った時は、不平士族の乱の一言で片付けられましたが、かなり感動モノです。。。

そして本丸へ向かう元太鼓櫓をくぐります。


門もこんな感じで、かなりの強固です!


元太鼓櫓出てすぐ右手には南大手門、

左手には、戌亥櫓があります。


そして正面、いよいよ本命の天守閣へと向かいます!


それにしても素晴らし過ぎる石垣です。。。


登りきると右手に数奇屋丸があります。


そして着きました~!
本丸城内から見た天守閣と、

宇土櫓です。

普通のお城の天守閣は、宇土櫓の規模なんですけど、さすが熊本城ですね~。

ちょっと疲れたので、タバコ休憩しながら案内掲示板をみましたが、

なんと櫓(やぐら)49・櫓門18・城門29で、城郭の広さは約98ha(東京ドーム21個分)だそうです。。。
広すぎます。。。

昔は、このまま天守閣へ向かうルートだったのですが、まず最初に本丸御殿を訪れるコースに変わったようです。
いきなり眼前に本丸御殿だったので概観がよく分りませんでしたが、天守閣から見たらこんな感じです。


ちなみに本丸御殿とは、歴代藩主の居間と接客と台所とのことだそうです。
しかし、規模が全然違いますね~。

そしてここのメインイベントが『昭君之間』です。
王昭君とは中国の四大美女(楊貴妃・西施・貂蝉)の一人で、前漢時代の人ですね~。
ちなみにこの部屋の一説には、「加藤清正公が豊臣秀吉の遺児秀頼公を匿った部屋」というのがありますが、こんなのはガセネタですね。。。


ちなみに末席からみたら、部屋はこんな感じです。


そして『昭君之間』です。
ちゃんと弦楽器を持ってモンゴルへ連れて行かれていました。。。

でも個人的に感動したのは、天井の格子と障壁画ですね~。

ホ~ント素晴らしいですね!
かなりの満足です!

本丸御殿を出て帰ろうか?と思いましたが…、

熊本城400周年記念のゆるキャラ「ヒゴ丸君」も呼んでいますし…


そして入り口にある、「加藤家の蛇の目」と「細川家の九曜紋」が記された陣幕の誘惑に負けてしまいます…
ということで、熊本城城主の私としては、つい天守閣にも寄ってしまいます。。。
天守閣には、歴代城主の遺品と西南戦争の遺品が展示してあります。

まずは、加藤清正公からです!

蛇目高烏帽子と…

金地茜染日章軍扇ですね~。
超感動~。


そして上の階に上がると、細川家の資料です。
まずは、歴代藩主の鎧です。

なんだか、凄い価値があるものだけに、もう少しキレイに展示して欲しいですね。。。
福岡市博物館の黒田家の鎧の展示を見習って欲しいデス…
チョット残念…。

でも私が感動したのは、馬印ですね~。

細川九曜紋ですね!
超カッコイイ~!

そしてさらに感動するのは、細川藤孝の茶入れですね!

さすが有職故実で、天皇家に慕われたセンス!
素晴らし過ぎます…!


さらに階を上がると、西南戦争の展示品ですね。


最後の国内戦争…しかも日本最強武士軍団の島津軍が、徴兵されたばかりの素人集団に敗北…
時代の流れを感じ、感慨深いものがあります。。。

まぁー、一通り見て今度こそホントに帰ろう!と思い、お城を出るとすぐ隣に神社があります。。。


加藤神社ですね~。
また誘惑に負けてしまい、今度はホントに軽めに探索。。。

う~ん、しかしホントスゴイ石垣ですね。。。

西郷隆盛が、「政府軍に負けたのではなく、清正公に負けたのだ…」と言った気持ちも分ります。。。

ちなみに加藤神社の社はこんな感じです。


なんだか至ってシンプル。。。
でも境内に面白いものを発見しました~!


肥前名古屋城での旗立石ですね!

清正公の文禄の役での戦闘序列は、二番隊になります。
こんな感じです。
一番隊
小西行長 宗義智 松浦鎮信 有馬晴信 大村喜前 五島純玄(宇久純玄)
二番隊
加藤清正 鍋島直茂 相良頼房
三番隊
黒田長政 大友吉統 
四番隊
毛利吉成(森吉成) 島津義弘 高橋元種 秋月種長 伊東祐兵 島津忠豊
五番隊
福島正則 戸田勝隆 長宗我部元親 蜂須賀家政 生駒親正 来島通之 来島通総
六番隊
小早川隆景 小早川秀包(毛利秀包) 立花統虎(立花宗茂) 高橋統増(立花直次) 筑紫広門 安国寺恵瓊
七番隊
毛利輝元
八番隊
宇喜多秀家
九番隊
豊臣秀勝 長岡忠興(細川忠興)

文禄の役では、清正公は「首都漢城」そして「平壌」を平定し、朝鮮を通り越して明まで遠征した軍団ですからね~。
さらに清正公は、蔚山倭城を造るし、朝鮮の二王子を捕虜として捕まえてくるし、さらに王族の娘を妾にするし、ある意味武門の誉れですよね!

でもこれが原因だと思うのですが、花柳病で亡くなってしまいます。。。
ホントに残念です…

もし大坂の陣まで生きていたら、日本の歴史も変わっていたかも知れません???