【我が家の場合】”起立性調節障害と固める反射の統合・原始反射の統合” | 内なる輝きを取り戻し、自分軸でしなやかに生きる

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~體(カラダ)から開く、美と才能のレッスン~

こんにちは。
反射の統合ワーカーのMIKIKOです😊

梅田幸子さんが【起立性調節障害】について話題にされていたので、
我が家の経験を少し書いてみようと思います。

私が反射の統合ワークを学び始めたのは、
息子が中学3年生の冬のこと。

もともと息子は「学校」という場所があまり好きではなく、
中学の頃からときどき休むことが多い子でした。

固める反射も強いだろうな…と感じてはいたものの、
本人は特に困り感もなく、
母である私に“怪しいボディワーク(反射の統合ワーク)”を
させてくれることもなく過ごしていました。

そんな息子が高校に入学して、夏休みが明けたころ。
朝になると頭痛や吐き気を訴えるようになり、
欠席や早退が増えていきました。

高校生活そのものがストレスで、
「学校のシステムが嫌い」と本人も話していました。

母である私もそれを理解していたけれど、
かといって本人に「辞める」という勇気や強い意志もまだなく…。
とりあえず「卒業は目指そうか」と話していました。

高校は出席日数が足りないと進級できません。
体調不良の中、嫌いな学校へ向かうのは相当しんどかったと思います。
特にテスト期間は簡単に休めませんしね。

そんな困りごとに発展してから、
ようやく息子が反射の統合ワークを素直に受けてくれるようになりました。
まさに“藁にもすがる”状況だったのでしょう。

母はこう伝えたと思います。

「ストレスの原因が学校にあることは分かっている。
でも学校を辞めるという選択肢がとれない今、
君の“困った状況”を改善する方法は
反射の統合ワークしか知らないんだよ」

その言葉に、息子が
「わかった。やってみる」と答えてくれた瞬間――
今でもよく覚えています。

頭痛が頻発していたので、
一応、異常がないかを確認するために頭痛外来へ。

結果、大きな病気はなく。
医師が「起立性調節障害」と診断したかどうかは覚えていませんが、
痛み止めを処方され、
「そんなに学校が嫌なら退学を考えたら?」と
意味の分からないことを言われ、
二人で首をかしげながら病院を後にしました。


痛み止めはまったく効かず、
痛みを抱えながら、遅刻・早退・欠席を
ギリギリのラインで繰り返す日々。
コロナ渦でのマスク生活も体調不良には辛かったみたい。
それが高校2年生くらいまで続いたように思います。

それでも、少しずつ体調不良でコントロールできない状況は減っていきました。

「学校は嫌い」「友達もいらない」と言いながらも、
程よく欠席を繰り返しながら過ごした3年間。

それでも担任の先生には理解してもらい、
部活もほどよく楽しみ、
「友達はいない」と言いつつも
文化祭や修学旅行にもそれなりに参加していました。

クラスの中では「よく休む子」として
自然に受け入れられていたようです。

どうにかこうにか、無事に卒業。

母としては、そこそこ心配ごと多めな3年間でしたが、
今となっては笑えるエピソードです😊

その後、息子は進学のため東京へ。

統合ワークを続けてはいたものの、
“反射が統合してきた”とは言えない状態での旅立ち。

学校嫌いの息子が、
一人東京でまたストレスを抱えてしまわないか――
最初はとても心配でした。

でも新生活を始めて程なくして
「ホームシックになると思ったけど、意外とさみしくなかったよ」
という言葉を聞いてホッとしました。

ブツブツ言いながらも、
友達と呼べる仲間ができ、尊敬する先生もできて、
忙しく・楽しく学生生活を送っているようです。

まだ固める反射や原始反射の伸びしろはありますが、
あの頃のような頭痛や体調不良――
つまり「起立性調節障害」と思われる症状は、
あれ以来一度も出ていません。

何かの参考になればと思い、
我が家の経験を書いてみました🌿