介護認定の手続きを始めた時の、母の最初の反応は否定的でした。



ナタリー「私も1週間ぐらい出張が出てくるし、一人で残しておくとお風呂に入らないで、毎日素麺だけたべて病気になりそうじゃ無い?」「どんな支援が受けられるか知っときたいし」


母「どうぞ行ってきて。一人で楽しく暮らします。」



ナタリー「いざ、本当に必要となってから、手続きじゃ遅いのよ。それにお母さんにはあと10年20年生きてもらう予定だから、その間に私はインドにヨガを習いに1ヶ月ぐらい出かけると思うの。」



母「どうぞ、1ヶ月ヨガしてきて。知らない人がうちに入ってくるのは嫌です。」



ナタリー「一人だと素麺しか食べないでしょ。栄養失調にならないようにお弁当の宅配を手配するね。」



母「お弁当はおいしくないと嫌だからいらない。人が来るといちいち玄関にでて対応が面倒。」



結局母を無視しました。そんなに頑固じゃないし、まあまあ私のいうことはきくので押し切っちゃいました。



私は本人が嫌がってるのに内科に同行し、申請書にかかりつけ医として書いた報告をしたり、ケアマネさんと地域包括支援センターの担当者さんとのミーティングをセットし、調査員さんの訪問も手配したのでした。



基本的に我が母は外面良子で、摩擦をさけるひとなので、外の人がくるとちゃんと話します。いろいろ話しているうちにだんだん諦めたのか、指示通りにしなきゃと思ったのか、あまり反抗しなくなってきました。



調査に対して、嘘はいけないけど、あまり元気で普段より頑張っちゃうと認定が降りずに困ることも、言わなくても理解してくれたし。



この間1ヶ月くらいかかってます。




悩んだのは私の3泊4日宮古島ヨガ旅行でした。


私の出張中の生活の予行演習になると思ってたんです。心細さから介護サービスへの抵抗がなくなるんじゃ無いかと期待してました。


ところが、コロナは増えるし、母はその週の初めに腰を痛めるし、母の4回目のワクチンは前日になるし、当日までどたキャンしようか考えちゃいました。


行きたかったから行ったんですが、将来もっと母の自由が効かなくなった時に、母のそばから動けなくなる自分が想像できたんですよね。


年間10-15%の娘がいない生活がどんなものかと、自覚してもらおうという方向に舵を切りました。去年と今年は2泊まではお留守番してますが、3泊は初めて。



効果はあったのかな。宮古島から帰ってきら、サービスの利用についてちょっとだけ受け入れてる感じです。