2017年12月17日から手術と入院について書いています。
今日は術後5日で、太陽礼拝に挑戦。。。。。。。するはずありません。
背を丸めず、真っ直ぐ立って深呼吸20回を腕を回して行いました。
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今回の手術は子宮筋腫が原因でした。
私が20代の頃、まだ90年代はじめに知り合ったアメリカに長かった友人がよく、婦人科には何もなくても年に一回チェックアップに行ったほうがいいよ、と言ってました。
当時は格別悩みのない若い女性は、日本では婦人科に定期的に行く習慣はなかったと思います。
感化された私も、20代前半から年に一回婦人科にいくようになりました。27-8の時に初めて子宮筋腫が診断されました。ウズラの卵より大きいぐらいといわれたかな。
私の子宮筋腫との長~い付き合いが始まったんですが、別に悪さをしないのでただ定期的に見てもらうだけでした。この病気への知識が備えられて、よかったかなと思います。
筋腫の状態が劇的にかわったのは、2011年の夏頃からでした。
出血多量で大変でした。
生理が軽い人生を送っていた私が、出血地獄を迎えたのです。
シロウト判断はすべきじゃないとおもいますが、2011年夏から2014年までが出張のピークで1年の半分近く海外にいて、身体があげてた悲鳴だったんだなと思います。
当時はインドには行ってませんでしたが、アメリカとヨーロッパばかりで、長時間のフライトと時差がきつい出張ばかりでした。
いまなら、海外のナプキンとタンポンレポートをバンバン書いたかも。![]()
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2011年の終わり、常態化していた多量の出血とともにかかったインフルエンザは人生最低の経験でございました。熱が上がって朦朧としているのに、血のついた下着パジャマ、シーツを取り替えるのはなんの刑罰?というかんじでしたね。![]()
まだ余震がたまにあったし。
貧血が怖くて、プラットホームの端を歩かないようにしていました。![]()
当時の上司(タミル系シンガポール人)が、すんごくいい人で心から心配してくれましたが、説明しにくかったですー。
会社の宴会の余興のダンスができないわけを幹事に説明とか。。。。。
スェードのデザインもののスカートを1枚ダメにしたり。。。
思い出すときりがないですねー。
アタクシの暗黒時代でした。
選択した治療は、低容量のホルモン剤を子宮に入れて5年かけて溶かすというものでした。筋腫があまり大きくなく、40代中頃の年齢からいって、閉経して逃げ切る可能性にかけたのでした。
これは対処療法で薬が効いている間出血は止まりますが筋腫はそのままになります。この薬は12年中頃から17年まで有効でした。
しっかり効いて、出血が少なくなるのに3ヶ月ぐらいかかりましたが、患部に直接ごく微量のホルモン剤がかかるので、副作用をあまり気にせずよく、当時は保険適用外で7万ぐらいかかったと思いますが、満足度の高い治療でした。本当に逃げ切れてたらね。
この治療は月経過多の方だけが問題なら、保険適用になったし、検討の価値があると思います。経口投与より副作用が少なく、飲み忘れとかを気にしなくていいのですから。
しかし昨年になって筋腫が成長し、この選択を後悔しました。2012年にまだ小さかった筋腫を、内視鏡で取っておけば後の苦労や病院にかける時間はずっと少なかったとおもいます。
一人一人状態や症状が違う病気ですから、どんなに調べても後からでなくては、何が最適なのかわからないのです。
子宮筋腫って患者の選択が肝なんだなあと思います。
当時ちょっと年上の友人2人も子宮筋腫で困ってましたが、でた症状もたどった道も3人3様でした。
