仕事で、日本が支配した地域に参ります(参りました)。

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観光では香港やグアムにも行きました。



いつも思うんですが、「正気とは思えない」戦線の拡大です。



1000歩譲って明治維新以来の対露政策上、朝鮮半島をそのままにできなかったところまでは想像できますが、南方は行かなきゃならないという時点で、政策を変更すべきだと本当は軍人だってわかってたんでしょう。




行った現場の軍人が一番正気じゃないとわかってたんでしょうね。





インパールなんて、ビルマ国境からインドを目指すのは狂気です。今のインドの都会でさえ赴任者が苦労しているのに、70年前に南のジャングルで自分たちに何ができると思って、作戦をたてたんでしょう。


大陸の夕陽を見ると、国の大きさを思います。デリーでもテキサスでも、上海でもカイロでも、夕陽は赤く大きく、夕陽の向こうにまだ陸地があります。



中国や満州で夕陽を見て、その向こうまで日本が支配できると軍や政治家は本気で考えていたのでしょうか?



インドや中国で、夕陽を見ると、自分の努力なんて、砂に水撒くようなものだなと思います。中に入れば飲み込まれるよね。自分の影響力が有効な極狭い範囲で頑張ってくだけだよね。と。



中国や満州を日本がどうにかできるとなんで考えられたんでしょうね。



結局、その時自分が属していた組織の存続や自己保身が、理性を捻じ曲げたのでしょう。その意において、私たちは70年前の日本人とどれほど違うのでしょう?


次に書きますが、私は東アジアの平和には楽天的ですが、日本が理性的判断ができるかについては懐疑的です。