父親のこと | フクロウのひとりごと

フクロウのひとりごと

愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
おもに吹奏楽の活動に役立つ情報を発信中!
バンド指導をご希望の方はお気軽にご連絡ください。

書こうかどうしようか迷ったのですが、きょうは父のことを書いてみたいと思います。じつは7月3日に、父が他界しました。病で入院していたのですが、こんなに父と向き合ったことはこれまでなかったように思います。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。


父は2月くらいから調子は悪かったようなのですが、入院し、4月に手術を受けました。
4月中旬、術後から容態が悪化、「すぐに帰ってこい」との連絡で、病院へ。
病状の説明を受けて、集まった家族が順に面会。
その時はなんとか持ち直しつつあるようで、意識ははっきりしていて会話も出来ました。
このとき、記憶する限りでは生まれて初めて、父の手を握りました。
そして今夜はもう愛知に向け出発するという日の午後、病室で父と面会した時、父は、
「遅くなるからもう行け」と言いました。
「お盆にはまた帰るから」というぼくの言葉には目をそらし返事せず、握手を求めてきました。
もう逢えない、そう思ったのかもしれません…


その後、父は緩和病棟のある病院に移りました。
それからしばらく帰れず、6月の末に母からの電話で、状態が悪くなってきていると…
6月29日から4日間ほど休みをつくって、帰ることにしました。
母と毎日病院へ行って、手を握ることぐらいしか出来ません。
父はもう声も出ず、でも、意識はあって表情や手足は辛うじて動かせる状態のようでした。
そして呼吸からも伝わるものがありました。
呼吸は、病状をあらわしているのではなく感情をあらわしているように感じられました。
ときに涙を流しているようにも見えました。
握っている手を振りほどこうとしながら、「行け」と言っているように見えました。
4月の時のように…


医学的にはもう出来ることがない、それがイコール、もう治らない、ではないと思うのです。
病気は、治療や薬が治すのではない。人間の身体が治すのです。
風邪を治す薬は存在しないという話を、みなさんご存じでしょう。
治療や薬は、ただ病気と戦う手助けをしているだけなのだと思います。
もちろん、治療や薬がなければ治せない病気もたくさんあるでしょう。
でも、病気は人間の身体が、自分自身の意思が、治すのだと思います。
だから、どんなに望みは少なくとも、ゼロではない。
がんばれという気持ちで手を握りに行きました。
それが父に伝わっていたのかどうかはわかりません。


7月2日、最後の面会をして夜、クルマで愛知に向け出発。
明けて3日の午前3時過ぎ、愛知に到着。
荷を解き、少し休憩していた午前5時過ぎ、母から電話で、父がもう亡くなりそうだ、と…
また様子は連絡するから、と。
とりあえず、少しでも眠ることにしました。
午前9時前、今、父が亡くなったという母からの電話で起こされました。
でも身体はクタクタで、とても今すぐに出発できそうにない…
きょうの朝まで残っていればよかったと思いながら、でも再び眠れるはずもなく…
各所に連絡し、事務処理を済ませ、ヨガをし、お昼を食べてから、再び鳥取へ出発。
父の亡骸に会ったのでした。


緩和病棟に入ったとき、もう父は家に帰らないと覚悟したのかもしれません。
あとで聞いたのですが、緩和病棟は父が希望したのだそうです。
家に帰ればみんなに迷惑がかかるから、と…
父らしい、と思いました。
ぼくももし自分がダメになることがあったとしても、それを家族に知らせたりはしないと思います。
知らせて心配をかけたくない、きっとそう考えると思うのですよね。

でも、逆の立場になってみれば、こんな時くらい迷惑をかけろよ、と思うのですが…

 

 



父は母と連れ添って63年。
両親が喧嘩をしたところを、じつは一度も見たことがありません。
これってじつは稀有なことなのですよね?
子どもの頃いちどだけ、母が、
「きょう初めてお父さんと喧嘩した」と言ったのをおぼえています。
最後まで、寝るときは枕を並べて寝ていた両親…
ほんとうに、いい両親に育てられたのだということを、この歳になって実感するのです。


以前、ある尊敬する先生に、こんなことを言われたことがありました…
「人間は、子どもをつくり育てて初めて一人前だよ」と。
いろいろな考え方はあるのでしょうが、ぼくは、真実だと思っています。
あとに続く人間を、世界をつくってくれる人を育てて初めて、人は一人前なのです。
いろんな意味で…
そして、どんな伴侶をもらうのかってほんとうに、大切なのだな、ということ。
結婚もせず子どももつくらず家にも帰らなかった半端者の長男は、
今になってそんなことを実感したのでした。


先週6日に、父の葬儀が終わりました。
その間よくブログやSNS発信できてたなと思われるかもしれませんが、
ブログ、普段から少なくとも10日分くらいは書き溜めてあるのですよ。
でなかったら、こんなコンスタントに毎日発信できるわけないじゃないですか…


最後になりましたが、ご心配いただいたみなさん、葬儀に参列いただいたみなさん、
ほんとうに、ありがとうございました。