名教師の弟子は名教師になりうるか | フクロウのひとりごと

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愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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タイトルのお話、みなさんはどう思われますか。きょうのお話は、統計データを取ってみたわけでもなければなにか根拠があるわけでもありません。個人的な印象、考察、想像、妄想としてお読みいただければと思います。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

  名教師

 

名教師、名指導者といわれる先生、どんな世界にもおられますよね。
尊敬され、素晴らしい人をたくさん輩出されている、そんな先生たち…
生徒たちから尊敬され、信頼も深く、実績も多い。
さて、そういう名指導者の弟子たちは、名指導者になりうるのでしょうか。
また、そんな先生方の先生は、やはり『名指導者』だったのでしょうか。
凡指導者?の弟子はどうでしょう。
ちょっと考察、想像してみました。

 

 

  なにを受け取るか

 

名指導者の弟子は全員優秀かといったら、そんなことはありませんよね。
それこそ、ピンからキリまでいます。
ぼくの兄弟弟子のなかには、ぼくと違って素晴らしい活躍をされている方々がたくさん…
ほら、ピンからキリまでいるでしょ(爆)。
では、指導の面ではどうでしょうか。
たとえば吹奏楽の世界にも、名指導者といわれるような先生方がおられますよね。
その生徒たちが指導者になる…、どんな指導者になるのかはきっと、
先生からなにを受け取ったのかにかかっている、のかもしれないと思うのです。
 

 

  表面を

 

教え方、指導方法や、その言葉、そういうものの表面的なことばかりを見ていた、
あるいは、表面的なことばかりを真似しようと一生懸命…
もしそんなふうに指導してしまったら、どうでしょうか。うまくいく?
うまくいかない可能性のほうが多いと思うのです。
(なにをもって『うまくいく』というのかは色々でしょうけど…)
名指導者を崇拝し、それを真似ようとするあまり、かえってそういうところにハマる、
そういうこともあるのではないか…、そんなふうに思うのです。
あこがれの人やバンドのやり方の『表面』ばかりを真似て、かえってうまくいかなくなる…
あるでしょ、そういうことって。真似て、満足しちゃう…
 

 

  本質

 

逆に、その指導の『本質』を見抜いて?、それを取り入れることが出来れば…
名指導者の弟子が、それを受け継ぐ名指導者になる、のかもしれません。
その指導の本質、その素晴らしさの本質…
当たり前ですが、それってそう簡単にわかるものではありません。
そして、仮にそれをわかったところで、同じことが出来る可能性は決して多くはない…
だって、その人と自分は違う人間なのですから。
それに、わかっただけで出来れば苦労はないですよね。だから、

先人の本質を見る目を持ちながらも、『自分のやり方』を確立した人、
そんな人が、名教師、名指導者になる、のかもしれませんね。
きっとどんな世界でもそうなのでしょうが…
 

 

  名教師の弟子と…

 

さて、名教師の弟子は名教師たりうる可能性が高い?
名教師の弟子と凡教師の弟子、どっちが名教師たりうる?
これは、必ずしも前者とは限らないのかもしれないなぁ、と思うのです。
もちろん、名教師の弟子が名教師になることもある。
でも、名教師の弟子だからかえって、そうなれないこともあるのかもしれない。
凡教師の弟子が、名教師になることもある。
凡教師の弟子が、やっぱり凡教師になることも…
相関々係は、あまりない、と言えるのかもしれません。
なにしろ大切なのは、『ものごとの本質を見る目』なのかもしれないな…
という、きょうの妄想でした。

さて、名教師の弟子は名教師たりうるか、みなさんはどう思われますか。