真夜中、あちこち流れ流れてたぶんそれは故郷の街であろうところを自転車で走っていた。
真夜中、街灯もまばらで暗い街はしかしながら、都会的に整備されて道幅が広く昔の面影がない。これだけ様変わりすればもはや故郷とは言いがたく、土地勘も働かない。
路上で二人乗りのバイクの襲撃を受ける。強盗だ。
私は這這の体である。
しかし、しつこく追ってくる敵から逃げざるを得ない。商店街の歩道脇で、自転車になぜか(余裕がある)鍵をかけて自力で走って逃げる。
だが、疲れてそうそう走ってもいられない。バイクの通れなさそうな裏路地に入りしばらく隠れて、ふたたび逆行したりして敵をまく。
レンガで造られた堀跡(水は流れていない)のようなところがあった。よい隠れ場になるかもしれないと数メートルぴょんと跳び降りた。
逃げる途中、敵とも味方ともわからぬ数名の人々(たぶん忍者であろう)がその都度現れ案内してくれた。クノイチもいた。
堀跡はリアルスラムサバゲーの聖地になっていて危険だから公園のひらけた場所に出るようにとアドバイスしてくれたクノイチも、次の瞬間には姿をくらました。
私の行動は忍者らに監視されているようだ。だが強盗からは守ってくれているようだ。何が目的なのだろう?
公園に出ると物々しい警察隊がいたが、捜査の対象外なのか私には近寄って来なかった。
忍者達は捜査対象であるらしく…
だが彼らはそれをうまく撹乱して逃れる術があった。
公園を抜け自転車を置いてきた場所に戻るが、自転車は無かった。盗られたのだろう。
さすがに強盗はもういないようだった。
自転車が無いので移動するには徒歩しかなく、疲れた。
夜も更けてどこか匿ってくれる宿がほしいと思った。
バー風の扉がある。
人の出入りもある。
上品な店主がふと顔を出す。
「今からでもいけますか?」
「どうぞお入りください」
夜明けも近いが、そこに寄ることにした。
扉の向こうは広めの階段、降りるととても広い空間。
様々なデザインの(骨董の)高級ピアノが何台も並んでいる不思議な空間だ。
ここは何だろう?
目の届く範囲での客はまばらだが、それでも広さがあるため、それなりの人数がいるようだ。
食事もできる、くつろぎのスペースでもある。
「ピアノ、試奏していただいてもかまいませんよ」と店主が言った。
私はウィスキーを注文し、しばらくはその空間を楽しんだ。ピアノは畏多くて触らなかった。
「石神梅林にはどう行けばいいですか?」
「この先の坂道を登ったところです。山に向かって左側の坂です」
「宿はありますか?」
「山の途中に宿泊施設があります。この地図の10番、12番、13番…その13番はお客様の目的地です。11番は歴史民俗博物館になっていますが、そこでも仮眠がとれますよ」
店を出て、店主の言うとおりに進んだ。夜はすでに明けて参道の店は開店準備の賑わいであった。11番の博物館の古民家展示室の土偶のショーケースの近くで仮眠をとった。
目覚めると、同じく目の前に着物姿の年配の中居さんが仮眠から覚めたところで、お互いに顔を見合わせて驚いた。
中居さんは昔から私のことを知っているらしく、奥から女将や料理長を呼んできてくれた。
女将も料理長も昔からの知り合いだった。
「あらお久しぶり」
「元気にしてたんか?」
「お久しぶりです。はい、元気にしています。でもまさかの石神さんに移転されていたとは知りませんでした…」
「そうなのよ、いろいろあってね。それにしてもまあ珍しい、懐かしい人に会えてよかったわ。近くに来たらいつでもまた気軽に寄ってくださいね」
そこは歴史民俗博物館という名の料亭兼簡易宿泊施設であり、さらに地方文化財の管理もしているというのだ。
「それにしてもまたどうして石神に来ようと思ったの…?」
「わからない。石神さんは物心つく前に来たっきりだけど、山一面に漂う甘酸っぱい梅の香りを覚えていて、なんとなく寄りたくなったんです」
「その名のとおり神様だものね。神様のお告げかもしれないわね…」