クラッシュ
『クラッシュ』 (‘04/アメリカ)
監督: ポール・ハギス
傑作『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本を手がけたポール・ハギスが脚本に加えて、自ら初めてメガホンを取った作品。
こう聞くだけで多くの映画ファンは期待をしてしまうけど、それに応えるだけの秀作に仕上がっている。
2004年度のアカデミー賞で多くの受賞を獲得した『ミリオンダラーベイビー』に引き続き、
2005年度に作品賞、脚本賞、編集賞を受賞した作品が『クラッシュ』だ。
この『クラッシュ』はクリスマスを間近に控えたロサンゼルスを舞台に、ある車同士の衝突(クラッシュ)事故を
モチーフにLAに生きるさまざまな人種間の人間模様を厳しくも暖かく描いた群像劇だ。
とはいっても事故自体が重要な意味を持っているわけではなく、人間同士のぶつかり合い(クラッシュ)の喩えとしていて、事故は深みのあるストーリーの象徴として視覚的に表現されたものである。
観る前の印象とはかなり違った感想を持った。ただただ人種間の争いを取り上げ、未だ繰り返される命題を
改めて突きつけるようなただ重いだけの映画ではない。
日本人にはやはりなじみは薄い人種差別という問題を取り上げてはいるが、それを今更取り上げてまた一から
なんやかんやと問題提起をしている、というものではなく、あくまでも存在する人種差別というものを内包して、
それを踏まえたうえでの人間同士のぶつかり合い(クラッシュ)によって生まれる人間の感情-怒りや憎しみ、愛情-を描いたものだ。
「町に出れば、誰かと体がぶつかったりする。でも心がぶつかることはない。みんな心を隠しているから。」
劇中語られるこの言葉がまさにポール・ハギスが言わんとしているこの作品のテーマだと思う。
心を隠させているのはこの映画の中では人種の違い、ということだろうか。
実はそれってすごくうすっぺらいもので、その箍が外れればみんな一緒の人間なんだ。
人を憎んだり傷つけたりするのは簡単だ。でも、相手と互いに気持ちごとぶつかって理解しあうこと、そして人を愛することは簡単なことじゃない。
ましてや人種という大きな壁がある場合はなおさら。でも、いくらでもチャンスは転がってるし心の奥底では
みんな心が分かりあえることを望んでいるんだ。
そんな世界で生きている、憎しみも愛もすべてを内包した世界で。そこに生まれる物語は、
時には御伽噺のようなものでもあるし、相変わらず繰り返される厳しい世情を浮き彫りにするものかもしれない。
「透明なマント」のようなとても心温まるエピソードもあれば、それでもやはり拭い去ることが出来ない偏見と
いうものの厳しい現実も描かれる。
ただ、そんな厳しさの中にだって、少し踏み込めば実は救いはあるし、ぶつかり合うことで得るものは失うものより遥かに大きい、そんなことを感じさせてくれた。
観終わった後もう一度ゆっくり見直したくなるような、人間の卑しさと誰もが持ってる優しさを人種が交差する
アメリカ独特の視点で描いた、ポール・ハギスの今後にさらに期待が高まる作品となっていた。