この時より少し前に隣の空港バッファーローで墜落事故がありました。翼に着氷したため必要な揚力が得られずに墜落したのです。この時は4月の初めでしたが上空ではかなり温度が下がります。その事故では着氷防止剤を塗布してから飛び立つまでに時間がかかり,着氷防止剤が取れてしまってから離陸したらしいです。着氷防止剤にも2種類あって,サラサラのものと落ちにくいドロドロしたものがあるらしいです。最初に透明な着氷防止剤を塗布していました。これはすでに着氷しているものを溶かす目的らしいです。その後,黄色のドロドロしたものを塗布していました。飛び立つ前に着氷するのを防ぐためのようです。折り返しの飛行機は約1万メートルの上空を飛んできているので,翼に入っている燃料が冷えていて雨がかかっても着氷することもあるらしいです。
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サンフランシスコから東に向かうときいつも見えるモノ湖です。ヨセミテを越えると湖の真ん中に島のあるモノ湖が目に入ります。よさそうな湖のような感じがして一度行ってみたいと思っていました。しかし,テレビでここの話を見てからは行く気はしなくなりました。小さな虫がぶんぶん飛んでいて息をするのもつらいようなところらしいです。湖の表面には侵食で残ったような面白い形の岩が突き出ているらしいです。
サンフランシスコ空港を飛び立ち,サンフランシスコ湾を渡り終えたところです。下の町はフリーモントです。右下はカラフルな塩田です。エンジン先端の右上辺りから山の中に入っていく道が見えます。CA-84です。この辺りはたくさん走っていますが,この道は使ったことがありません。画面奥の方に行くにはI-880,I-680と使えば平坦でまっすぐ進めるのでわざわざ山道を通ることはしなかったからです。CA-84は,サンマテオブリッジの南側の橋,ダンバートン・ブリッジから続く道です(道なりではなく,途中I-880と一緒になり,その後も2か所もクランク型に曲がります)。
ペニンシュラ(サンフランシスコの半島側)とイーストベイとを結ぶサンマテオブリッジは空港のすぐ南側にあります。飛行機は離陸して東に向かいます。その時右側にサンマテオブリッジが見えます。日本からはこの左の方からこの航路を横切って湾の奥でUターンして空港に着陸します。この交差は管制塔でしっかりと制御されているのだと思います。
サンフランシスコからワシントンDCに行く便では非常口席に座ることができました。この非常口席は翼の上に出る非常口席でした。外を眺めると翼の上にねじが転がっていました。飛び立った時これが転がり落ちてフラップのギアなどに引っかかったら惨事になります。慌ててCA呼び出しボタンを押しました。CAにこのことを機長に伝えるよう要求しました。しばらくすると飛行機は動き始めてしまいました。無視されたのかと思いましたが,飛行機はいったん滑走路に出た後ゲートに戻りました。おそらく動き始めたころに機長に伝わったのだと思います。その場合,いったん滑走路に出るしかなかったのかもしれません。戻ると係員がなんと箒と塵取りでねじを取り除いていました。この出来事の後,翼の板を留めているねじが外れてめくりあがった事故がありました。CS番組「メーデー」でいろいろな事故の検証番組があり,よく見ているのでちょっと心配になりました。
これはバンコク空港を離陸したばかりの景色だと思っていましたが調べたら銚子の辺でした。右の島状に見えるところと大きな半島との間の水域は利根川でした。手前の海岸が左右に広がっています。左8分目辺りで少しだけ飛び出ている場所が犬吠埼でした。何度か行ったことがあり,左右どちらかの先端だと思っていましたが,そうではなかったです。この時はどうだったか記憶がありませんが,成田に着陸する多くの航空機に列ができ,これより太平洋側でぐるぐる回って待機させられることがあります。特にタイなど東南アジアからの便は待たされる傾向にあるような気がします。
[16°14'14.6"N 108°04'17.3"E]
タイに行くときはいつもベトナムを横切ります。この時は,フエとダナンの間にあるハイヴァン峠の辺を横切りました。この峠は非常に険しい山地で,両者の都市を隔てています。横に広がった山地の続きとして,海に半島が伸びています。奥にラップアンラグーンが見えています。水面が非常に穏やかで,雲や背後の山地が鏡のように映し出されるので「地球の鏡」とも呼ばれるそうです。牡蠣の養殖が盛んだそうです。干潮時には白い砂の道が現れ,SNSの撮影スポットになっているそうです。
[24°18'58.2"N 121°45'27.7"E]
この飛行は世界一周チケットでした。サンフランシスコからバンコクに寄ってから帰国します。世界一周チケットでは,出発国の日本についた瞬間終了となります。そのため,サンフランシスコからバンコクまでは,ソウル経由で行きました。この便では台湾の南岸沿いに飛びました。河口付近が河川からの泥水で濁っています。河川は大濁水溪です。標高3,000 mを超える中央山脈から一気に流れ出る急流な河川だそうです。この急流により大量の土砂が侵食され,扇状地を形成するとともに海へと流れ出て濁りを生じさせているようです。17世紀には砂金が発見され,砂金のとれる場所として知られていたそうです。セメント工場や発電所が見られます。
[49°03'54.2"N 2°50'13.7"E]
パリ・ドゴール空港への着陸寸前の機窓からの眺めです。パッチワークのような農場が一面に広がりきれいでした。手前の集落はフォルフリー,奥の方はオワスリーです。第二次世界大戦末期にはフランスはドイツに支配されていました。1944年にはレジスタンスの激しい戦いが起こり,105名が命を落としたそうです。イギリス軍の隠密部隊が,レジスタンスを支援するため,武器などを2つの村の間にあるルージュモン池の周辺にパラシュートで投下したそうです。この2つの村には今も彼らを追悼する記念碑やプレートが残されているそうです。
ベニスからフランクフルトの航路の真ん中あたり,ドイツに入ったところに雪の残る山が見えました。ツークシュピッツェ山というのだそうです。標高2,962 mのドイツ最高峰です。ドイツとオーストリアにまたがっています。「ドイツの屋根」と呼ばれているそうです。山頂マークとして金の十字架があるそうです。登山鉄道があり,楽にアクセスできるらしいです。









