翌日。1月27日。
病院からタクシーに乗って実家に帰ると、深夜1時近かった。
一人では眠れない。
そう言って、母と布団を並べて眠った。
泣き疲れているせいか、眠りはすぐにやって来た。
アラームの音がする。
昨日、遺品としてもらった彼の携帯から、アラームの音がしている。
起き上がると、アラームを止めた。
その瞬間、ものすごい悲しみが襲ってきて、大声を出して泣いた。
昨日まで、この時間にこのアラームで起きていた。
死ぬと決めたその日も、このアラームで彼は目を覚ました。
昨日まで、つい昨日まで彼の手の中にあって、彼が自分で止めていたアラーム。
でももう彼はいない。
その温もりもここにはない。
何年たっても思い出す。
母と並んで眠っていた頃、私は夜中に目覚めては、
母の心臓の音を聞いて生きていることを確認していた。
そのときの私が、あまりにもかわいそうで。
彼が死んだときのことを思い出すたびに、
母の寝息を確かめる自分を思い出して、涙が止まらなくなる。
せつなすぎる。
長い1日。22:00。
平日のこんな時間、上りの電車はガラガラだ。
また総武線に揺られている。
今は泣いていない。
今は怖くてたまらないんだ。
病院に行くことは、彼の遺体を見るということ。
そして彼が本当に、間違いなく死んでいることを知ること。
新宿の西口からタクシーに乗る。
つい1週間前までは、彼と待ち合わせして一緒に帰っていた。
西口のスターバックスも好きだった。
つい最近、展望台に登って東京の夜景も見た。
そのとき彼が言ったんだ。「俺、この景色を見るとめちゃくちゃ悲しくなる。」
新宿西口なんて嫌いだ。もう二度とこない。
病院の裏口でタクシーを降りると、友達が待っていてくれた。
すぐに向かうのが怖くてトイレに行った。
「大丈夫かな。どうしよう。」
彼の遺体を見て、私の精神は平気でいられるだろうか。
遺体安置所のドアを開けると、左右にずらりと友達が並んで私を見た。
まるで、ドラマのようだ。
また現実的じゃない、客観的な私がいる。
奥に彼の両親が見えた。
私を見て泣いている。
思わず駆け寄って、私はこう言った。
「すいません。本当にすいません。」
なぜだか謝っていた。
「なんで死んだんやろ?けんかでもしてたんか?」
息子の死んだ理由を、知りたくて当然だ。
けんか、、、。
「けんかはしてません。近いうちに結婚しようって言ってたのに、、、。」
それを聞いて、彼の母親はまた泣き出した。
「きれいな顔してるから、最後に見てあげて。」
彼の両親越しに、横たわる彼の姿が見えていた。
近づくとそこには、青白い顔で目を閉じる彼がいた。
冷たい頬に、首にゆっくりと触れる。
ああ、本当に死んでしまったんだ。
飛び降りた時刻で止まってしまった、彼の時計。
時刻は9時17分。
壊れた携帯。
携帯、、、、。
「私、朝電話もらったんです。それに出なくて、、、もし出ていたら、、」
「大丈夫、その時間にはもう死んでいたから。それは警察の人がかけた電話だから。」
そしてビニール袋に入った彼の遺品。
血のついたジャケット、スーツ、私がクリスマスにあげたかばん。
9時17分。
会社に行くのは8時過ぎだ。
1時間近く、死ぬ場所を探して彼はさまよっていたんだろうか。
いつもの原チャリに乗って。
彼が飛び降りたのは、私たちの住んでいたアパートから歩いて10分ほどのところにあるマンションだった。
前からそこを知っていたのだろうか。
そして、その場所でずっと悩んでいたんだろうか。
私が、怖い夢を見ているときに。
そんな彼の姿を想像したら、悲しくてつらくて。
最後の最後の瞬間、私のことを思い出した?
ねえ、思い出した?
残された私がどうなるか、考えた?
ひどいよ。
いなくなってしまえば、悲しみも痛みも消えるでしょ。
生きているほうは、こんなにつらい。
そして一生忘れられないんだ。
そんなのって不公平だよ。
長い1日。12:00ー22:00
抱きついて、泣きながら私は言った。
「ごめんね、一緒に住んでいたの。言わなくてごめんね。」
謝らなくていいよ、と母は言った。
そこからどうやって実家まで帰ったのか、ほとんど覚えていない。
総武線に揺られながら、ずっと泣いていた。
周りの人の視線なんて、気にならない。
見たいなら見ればいい。私の恋人が自殺したんだ。
どう思われようと、どうでもいい。
すべてがどうでもいい。
数時間後、友人からの電話。
「今、新宿の○○病院にいるよ。ねぇ、本当に死んじゃったよ。」
彼の遺体を見た彼女は泣きながらそう言った。
「今からおいでよ。彼のご両親が、どうしても会いたいって待ってるよ。友達もみんな待ってるから。」
そして新宿の病院に向かった。
もう夜の10時近かった。
