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さて、僕が、この世で一番衝撃を受けた本と言えば「孫子」浅野裕一 先生著です。
その中の文章の中の一部をお借りして、今回のタイトルを考えてみたいと思います。
名文・名言の宝庫と言ってもいいような一冊です。
その中のP59にですね、孫子は守備と攻撃、二通りの形式の特色を指摘し、守備の側を優先させるべきだと述べている。
その第一の理由は、守備が自己の努力の範囲内で確実に達成可能であるのに反して、攻撃の成否は敵の動きに左右される不確実性を多分に含むからである。
理由の第二は、攻撃をかけて勝利するよりも、敵の攻撃によって敗北せぬことの方が先決だからである。
理由の第三は、守備の方が、戦力に余裕を生ずる有利にして強力な形式だからである。
これを使わせて頂いて、考えたいと思います。
まず、警察などの組織は、基本的に、何かあったら動く、要するに防御型の組織である。
これに対して、闇の組織は、攻撃型の組織である事が多いと思います。
さて、孫子の考えによれば、警察などの組織は、防御型であるが故に強力な組織であるわけです。
もし、警察などの組織が攻撃の方に回れば、攻撃型の組織のプロである闇の組織と同じ土俵時で戦う必要が出てきます。
戦いに慣れていない公務員である警察官は、かなり苦戦を強いられると考えられます。
現在の状況をテレビなどの情報から見ていると、警察は、闇の組織を壊滅させようと躍起になっているのは分かります。
それは、一つの正義の形である事は、納得ができますが、あまりに、現実とかけ離れている感じが致します。
なぜでしょうか?現在、恐らくですが、闇の組織は、目立って動きをあまりせず、ゲリラ的なやり方で、警察などの組織に報復をしているものと考えられます。それが、ダークなバイトであったり、するのではないでしょうか?
で、肝心の警察が、市民などを守れていると思いますか?変な輩がうろついている・・・。という通報があったにもかかわらず、パトロールをするだけ。これは、栃木県の話ですけどね。他にも故・安倍総理の銃撃事件、中国大使館の警備の問題など、まったく、誰も守れていないんですよね。そんな中でも、壊滅作戦を継続させるのは、警察の悲願かもしれませんが、それならば、被害に遭われた方に対して、適切な補償なりなんなりを警察の組織としてすべきではないでしょうか?
以前にも書かせて頂きましたけど、補償を被害者に対して行った上で、加害者に公的機関が損害賠償を求めていけば済む話です。
今の状況をテレビなどで見聞きしていると、某組長には24時間護衛を付け、市民には、何があっても知らん顔。
一体、市民の敵は誰なんでしょうか?そんな気すらします。市民は、特攻隊員なんでしょうか?
僕の思考は、反社会的なんでしょうか?自分の思考が適正かどうかは分かりませんが、壊滅作戦の被害者に対して、手厚い補償があるべきだと考える、僕は間違っているのでしょうか?机上の空論にすぎぬと、笑うのならば、アナタが被害者になるべきなのではないですか?