こんばんは(^w^)v

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いつも、有難うございます。m(_ _)m

 

現在、伊藤塾先生の司法書士試験の入門講座の入門編を頑張っております。

過去を見れば、講座のテキストや先生が講義でおっしゃっていることを、キチンと理解し、暗記すれば、合格することができるのは、間違いないので、後は、僕の努力と運だけだと思って、頑張っています。

最大の敵は、自らのコンディションですね(^~^)

 

さて、故 安倍晋三 元総理大臣の銃撃事件で”悪い奴”は一体、誰なのか?

というタイトルのブログを考えてみました。

 

え?テレビで出ている裁判を受けている人じゃないのか?と思った方もいらっしゃると思いますが、

この事件は、そんな単純に割り切れる事件ではないと思います。

 

僕のこれから、お話しさせて頂く内容は、テレビの取材などを拝見し、考えたものですので、悪しからず。

僕の若い頃、嫌な町で嫌な進路で、嫌な学校に行っていた時期がありました。思い出したくもないです。

しかし、この銃撃事件を起こした方は、もっと、悲惨な目に遭っているんですね。

実の親がある意味、とある宗教の狂信者になったことで・・・。

 

学費などを含めた、全財産をとある宗教に寄附という形で奪われ、しかも実の親の手により寄附という形で行われた。

親は、とある宗教に多額の献金をすれば、その宗教内では、立場は上がるでしょう。

しかし、他の家族は、お金に困り、自ら命を絶つ兄弟も出たという事です。

テレビなどを見ると、辛い境遇の人たちは沢山いる。それがなんだ?という方も、稀にいらっしゃるようですね。

 

ただ、今回のタイトルを敢えて”悪い奴”にしたのは意味がございます。

それは、いびつな社会の形というモノが、今回の事件を生み出したのではないかと考えるからです。

良く考えてみてください、もし、この銃撃事件を起こした方が、行動を起こさなかったのならば、もっと、被害者は生まれていたはずなのです。

しかも、公的な機関も、そういう被害者に対して、何の手も差し伸べてこなかった。

僕は、言いたいですね、警察などに、彼を捕まえ、司法などに、彼を裁く権利があるのか?と。

故 安倍晋三 元総理大臣は、立派な方だったと存じております。

この国のために、有益な方であったのは間違いないです。しかし、警察や、司法などの公的機関が、当時、銃撃事件を起こした方を見捨てたことで、公的な機関のトップに近い場所にいらっしゃった、故 安倍晋三 元総理大臣の命が失われてしまったということなのでしょうかね。要するに、役所の不作為が、この国にとっての光の一つともいえる方の命を失わせてしまったのです。

歩いて、銃をもって近づいてきたのに、気づかない警備をしている方々に、危険な反グレや暴力団と闘っている市民を守る事なんて、出来るわけないんです。

 

僕は言いたいですね、無責任に、戦おう!などと言わないでいただきたいと。

なんとか追放運動、立派ですよ。でもね、市民を守れるんですか?元総理大臣でも守れない組織に。

で、だんまりを決め込んで、事態の鎮静化を、いま、図っているんでしょう。

別に、トップの方々に、責任をとって、辞任を迫った所で、何にも変わりません。

だから、現状維持で、僕は市民の一人として、十分だと思っているんですよ。

 

そのとある宗教組織が罪のない市民から、お金を巻き上げて、それをこの国の有力者に配り、事件のもみ消しを図っていたとしたのならば、もっと闇は深まるのでしょうね。

 

一体、この銃撃事件で”悪い奴”は一体、誰だと思いますか?

僕は、悪い奴が沢山いすぎて、訳が分からなくなりそうです・・・。