ドアを開くと、『教授』が、満面の笑顔で立っていた。
『教授』は都内の大学で教えている本物の教授である。
夏休みの二ヶ月で飛行免許を取得するために日本からやってきた。
「昨日、コレ作ったんですよ」と小さいバルサの飛行機を僕に手渡した。スーパーマーケットのレジの近くに並んでいる子供用の模型飛行機である。
機体と翼には僕が飛行学校でよく使っていた機体の番号、「8422D」がマジックで書き込まれ、尾翼には僕の名前が入っている。飛行免許取得の記念に作ってくれたのだろう。ありがたく受け取った。どんな職業についているひとでも飛行機好きは子供のココロを持っている。
南カリフォルニアの田舎、ラモナ飛行場。僕は三ヶ月の訓練を経て、飛行免許を取ることが出来た。今日は免許取得して初めて自由に飛ぶ日だ。先に免許を取ったM君と一緒にロスアンゼルス近郊のチノという飛行場まで飛ぶことにした。
行きは僕が操縦し、帰りはM君がやる。チノには第二次世界大戦の戦闘機の復元工場があり、世界でただ一機、実際に飛ぶことが出来るゼロ戦がここにある。
ラモナを離陸。上昇するとぼんやりと視界が悪い。マリンレイヤーと呼ばれる海から発生する霧の為だ。 レーダー管制と交信しつつ飛ぶ。
「同高度、正面からセスナ、注意」と管制センターから無線が入った。焦りつつ捜すが判らない。
いきなりM君が「右に切った方がいいです!」と鋭く言った。
飛行機は見えないが、とにかく操縦桿を右に倒した。するとセスナが左に突っ込むように飛んできた。
危ない危ない。
高度を下げて、周波数を管制塔に切り替える。飛行場はすぐ近くにあるはずなのに全く見えない。管制塔からの「今そこで曲がりなさい」の指示で、とにかく旋回してみると、やっと飛行場の位置が判った。着陸は何回も小バウンドしてしまった。 うーーんこんな着陸は本当に久しぶり。
飛行機を駐機して歩いていくと、空の要塞B-17が見えた。日本を最初に爆撃したB-25ミッチェルも遠くに見えた。復元工場に入る。塗装をすべて落とした銀色のサンダーボルト。質問をしてみたが、アクセントが日本人のようだ。日本人がこの戦闘機を復元しているのだろうか。仕事に集中している雰囲気なので、それ以上は話しかけず。
特別な展示格納庫にゼロ戦はあった。本当に飛ぶゼロ戦が。よくもここまで直したものだ。一式陸攻の残骸も展示されている。戦闘機ライデンもある。ここの館長は日本の飛行機が好きなのだろうか。格納庫の隅に「日本軍」コーナーがあった。ドイツ軍のメッサシュミットやジェットのメッサーシュミット262などなどなど。
ほんと、よくもここまで残骸に命を吹き込み、よみがえらせたものである。この飛行場は一見、オンボロだけど、復元する人たちの熱い情熱をひしひしと感じる。展示しなくてもよさそうな飛行機の部品一つ一つを大事に展示してあるのをみると、飛行機に対する『愛』を感じる。翼を繋ぐ一本のボルトだけとか。元日本軍の飛行機、それも練習機のプロペラ・・。 今日も一機、復元が終りかけたアメリカの飛行機のエンジンテストが行われていた。
帰りは右の副操縦席に座る。帰りはM君が操縦する。「悪いね」と断り、ウオークマンを取りだし、大黒摩季をセットする。これが、彼女の声を空の上で聞きたかったのだ。
『空』と『風になれ』。
操縦していると航空無線を聞かなければならないので、音楽は聞くことができない。が、今日は聴くのだ。ガンガンにして。
スロットル全開。機体が滑走路を滑り始める。と、同時に大黒スタート! 十分満足。
ラモナに近づいてきたので、耳に航空用ヘッドセットをかける。とすぐに管制英語が流れ込んできた。ん?なんかチョット違う雰囲気である。
M君と話す。『やっと終わりましたか!』という。俺の音楽鑑賞が終わるのを待っていたのだという。
『ラモナが大変です』という。前方の山に煙が上がっている。山火事だ。いつもはそんなに混んでいないのに、無線にいくつもの声が交錯している。
ラモナ飛行場に状況をきいてみる。
「タンカー・ヘビー・トラフィック」という。
タンカーとは消火剤投下用の大型機である。
DC-4だ。
それヘビー・トラフィック、つまりガンガンに飛んでいると言う意味である。
こんなことは3ヶ月ではじめてだった。
ラモナ飛行場は航空消火隊のアタック基地だった。
その基地の真裏にあたる山に山火事が発生している。全機が出動しているのだろう。
空が緊迫している。
通常のコースを完全に無視してDCが進入している。
速攻でカラになったタンクに消化剤を再び注入し、投下しにいくためだ。
近づいていくにしたがい、リアルに状況が見えてきた。
煙の上がる山に一機のDCが一直線に突っ込んでいく。
頂上に激突してしまうな高度である。
そして煙に巻かれたような瞬間、赤い消化剤を一気に投下。一気に機体をひねりながら、離脱上昇していく。なんとカッコイイ光景だろうか。
しかし感心しているのは自分(僕)が操縦していないからだ。
となりのM君はビビっていた。それはそうだろう。
滑走路周辺には7機!のDCが飛んでいて、何機かは通常の飛行ルールを無視して突っ込んでくるのだ。DCの着陸速度と僕たちの乗る軽飛行機(パイパー)はまるで違う。
飛んでいるDCとDCの間に割り込まなければならない。
M君はスロットル全開で降下し、(通常はこんなことやらない)機体をバンクさせ、着陸コースに乗った。隣りに滑走路が見える。
と、M君がナニか叫ぶように言う。
墜落しているというのだ。
身を乗り出すように見てみると、なんとヘリコプターが滑走路の2/3程度の位置に横倒しになって墜落していた。
これではDCは着陸できない。滑走路が足らないだろう。
そして消化剤を入れた重い機体では飛び立てない。どうなるのだろう、この状況は。僕たちは短い滑走路でも大丈夫だが。M君はうまく着陸させた。
僕たちは機体を駐機したあと、滑走路に走っていった。
滑走路はこぼれた消化剤で真っ赤になっっている。
DCが着陸態勢に入っていく。使える滑走路は2/3。短距離着陸を試みるDC。
まったく普段と変わらない様子で機体は着地。
素晴らしい着陸だった。プロ。
この状況はガッツが無ければ着陸はできない。
滑走路の端にはヘリを墜落させてしまったパイロットが首をうなだれてしゃがみ込んでいた。
たぶん、低空飛行でひっくりかえったのだろう。
着陸したDCはすぐさま消化剤を注入し、滑走路を走っていく。
墜落しているヘリがある地点、すれすれで離陸し、飛び立っていく。
消火隊のガッツと技術に僕とM君は恐れ入って感心した。