アダルトチルドレン 社交不安を                      やめる心理カウンセリング -90ページ目

回避性に限りなく近かった私 


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最近連続でパーソナリティ障害に
ついて記事にしています。

”なぜ今頃になって人格障害につい
て記事にしようと思ったのかなあ”
と考えていたのですが、

実は何を隠そう昨日の 
回避性パ
ーソナリティ障害
は若い頃の私
のイメージそのまんまなのです。


種は小学校の時に蒔かれていたの
ですが、高校に入った最初の日に
ちょっとしたパニック発作のような
ものを経験してしまい、学校へ通う
のがつらくなってしまいました。

当時はパニック発作だの、対人恐怖
だの、まして回避性パーソナリティ
障害などという言葉さえ知りません。

友達はできない、いつも一人でいる、
楽しい経験があまりない、理由も
わからずにこんな感じで学生時代を
過ごしてしまい、人間関係にもま
れることもなく社会人になってし
まいました。

それからは自分なりに苦労の連続
でした。

人になかなかものが聞けなかったり、
当然会議では意見などできようは
ずもありませんでした。

周りを見渡してみると、仕事を
ばりばりこなして、恋愛にもいそ
しんでという人たちばかりでした。

そんな人達をしり目に、いつも
”いったいどうやってこれから
生きていったらいいのだろう”
と自分ひとりで考え込んでいた
ものです。

ただ幸運だったのは職場に一人の
先輩がいてその方に色々面倒みて
もらえたのです。

どうふるまったらいいか、気配りや
色々なことを教えていただきました。


言われた通りにやっていくと周り
の人たちから少しずつ受け入れら
れるようになっていったようです。

やがて回避性のもつ拒絶への怖れと
いうものが少しずつ薄められていった
のでしょう。

そして自分の得意なもの、いわゆる
強みですが、趣味でもなんでもいい
のですが、そういったものがどこか
に生かせないか考え行動するように
なりました。

例えば職場のレクリエーションで
役割を果たしたり、飲み会のニ次会
のカラオケで歌で盛り上げるとか
いろいろ行動してみました。

まずは小さな集団の中で人から受け
入れてもらうという体験を積み重ねて
いくことで、人への怖さ、実は拒絶
の怖れを少しずつなくしていくことに
成功していったようです。

ただ限界というものはやはりあって
ここぞというところで、人間関係を
回避する傾向を払拭するところまでは
いきませんでした。

それよりもっと深いところは今習っている
カウンセリングに出会うまで解決する
事はできなかったのでした。

ただある程度までは問題を小さくして
一人で悶々と悩み続けるような状態
からは脱却することができたと思って
います。

ということは自分は回避性人格障害と
いうほどではなかったことになりますが、
ただこの問題で苦しむ人たちの気持ちは
自分には痛いほどよくわかるのです。

私が本当に力になれるとしたら、
こういう人なのかなと思ってみた
りしています。


限りなく回避性に近かった私」でした。

今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。


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回避性パーソナリティ障害 


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回避性パーソナリティ障害


社会的制止、不全感、および否定的
評価に対する過敏性の広範な様式
で、成人期早期までに始まり、種
々の状況で明らかになる、以下の
うち4つ(またはそれ以上)によ
って示される。

・批判、否認、または拒絶に対す
 る恐怖のために、重要な対人接
 触の ある職業的活動を避ける

・好かれていると確信できなけれ
 ば、 人と関係をもちたいと思
 わない

・恥をかかされること、またはば
 かにされることを恐れるために、
 親密な関係の中でも遠慮を示す

・社会的な状況では、批判される
 こと、または拒絶されることに
 心がとらわれている

・不全感のために、新しい対人関
 係状況で制止が起こる

・自分は社会的に不適切である、
 人間として長所がない、または
 他の人より劣っていると思って
 いる

・恥ずかしいことになるかもしれ
 ないという理由で、個人的な危
 険をおかすこと、または何か新
 しい活動にとりかかることに、
 異常なほど引っ込み思案である

以上のような傾向は思春期の若者
で内気の度合いが強い人にはよく
あることかもしれません。

大抵は社会生活を営むうちに、だ
んだんとその傾向は薄められてい
くのですが、30歳過ぎてもこの
傾向が強く残っているようならば、
人格障害がうたがわれるかもしれ
ません。

ただ何度も言っているようにB群
C群として分類されているパーソ
ナリティ障害は再決断療法のカウ
ンセリングで問題を解決すること
ができています。


まわりから批判されたり、非難さ
れたりするのではないかと始終び
くびくしており、そのため積極的
な行動にためらいがあり、行動す
ることができないでいます。

恥をかいたり、ばかにされたりす
ることを極端に怖れ、劣等感を強
く持ち、自分を卑下する気持ちを
強く持っています。

意思表示もできずに、うちとけた
間柄でないと思ったことを言うこ
とができません。

対人関係は大変ぎこちなく、へた
です。

本人もそのことをよくわかってい
て、対人折衝のような仕事は避け
るようになります。

黙って隅のほうにいたり、なるべ
く目立たないようにしていること
が多くなります。

まわりからは気の弱い孤独な人と
見られたり、無愛想な人と思われ
ていることでしょう。


回避性は対人恐怖と違い、人が怖
いわけではなく、人から拒絶され
るということを怖れて人との付き
合いを避けています。

拒否され傷つくことを怖れ、どう
せ自分は人に好かれないし、受け
入れられないと思っています。

そしてそんな自分は駄目な人間だ
とも思っています。

彼らはイヤとかノーということが
言えずにいます。

イヤとかノーという言葉は拒絶さ
れることにつながると思っている
からです。

主な禁止令は「重要であるな
見えるな」「お前であるな
(怒り・怖れを)感じるな」です。

こういった禁止令の問題に取り組
むことで回避性の傾向を薄め、人
間関係の構築や少しずつ積極的な
行動が取れるようになってきます。

カウンセリングで問題を解決して
いった暁にはノーとかパスという
言葉を言うことが改善にも役立つ
ことが認められています。


回避性パーソナリティ障害」でした。

本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。
 


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プチ菜食のススメ 


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今日は私の妄想なので取り扱いは、
くれぐれも自己責任でお願いします。


ある朝目を覚ますと、私はなにやら
かなり強い憂鬱な感覚に包まれて
おりました。

”なんだろう、このいやな気分は”

何か気がかりなことがあったかと
言えば、あるにはあったのですが、
今まではそのことで気に病むことも
一切なかったのです。

ただ、この感覚はその朝だけのこと
で、次の日からは不快な感覚を一
切感じることなく、また普通に目覚
めることができるようになりました。

あの感覚は一体なんだったのだろ
うと思ったのですが、結局わから
ずに、すぐにそんな体験も忘れて
しまいました。

ところが一月が経過し、すっかり
忘れていた頃、またあの不快な感
覚に包まれて目を覚ましたのです。

その日はそれだけにとどまらず、
メールチェックした折に、ちょっ
とした一言(それは決して悪い言
葉ではないかったのですが)に何
か否定的な意味付けをしては、さ
らに落ち込んでいったのです。

さすがにこれには、一体自分の身
に何がおきたのだろうかと思案に
くれました。

普段と何か違っていたことはなか
っただろうか?

その時の私にはひとつだけピンと
くるものがありました。

それは食べ物。

普段は完全な菜食主義ではないの
ですが、生野菜が主食で、少量の
ご飯、少量の肉・魚類がおかずみ
たいな食生活をかれこれ2か月程
続けていました。

ところが憂鬱な気分に見舞われた
前の晩は外食で、おまけに生野菜
がほとんど取れずに、いわば肉三
昧のような食事内容でした。

たまには、少しくらい肉食もいい
だろうと思って、少し多めに食べて
しまったのです。

そして2回目の憂鬱な朝の前日には
忘年会があり、そこで食べたものも
やはり肉が中心だったのです。

それ以前は生の食材ばかりを中心に
食べていました。

そこには化学調味料や食品添加物が
一切排除されています。

そのため、体の中のデトックスが
かなり進んでいて、食べ物に対して
敏感な体質になっていたのではない
だろうかと思った次第です。

オーガニックフーズを食べ続けて
いた人が、食品添加物の含まれた
食品を食べるとその存在がわかる
という記事を読んだことがあります。

ではその時の私の身体は何に対して
敏感になっていたのか。

化学調味料か? NO.

食品添加物か? NO.

では、いったい何だったのだろうか?

すると、なにやら次の言葉が不意
に頭の中に浮かんできたのです。

もしかすると、それは動物たちの
悲しみの感情ではなかったのだろうか? 

YES.


一頭の牛は屠殺される瞬間に悲鳴と
ともにひとしずくの涙を流すといいます。

牛が殺される瞬間、いや、自らの
運命を悟った瞬間から感じていた
怖れと悲しみ。

その怖れと悲しみを私は身をもって
感じていたのではなかったのか。


「記憶する心臓」という本があります。

心臓移植をした人は食べ物の好みや
性格に変化が現れるとその本には
書かれています。

そしてその食べ物の好みや性格は
実は、心臓を提供したドナーの持
っていたものだったのだそうです。

臓器は人の記憶を宿すとも言われ
ています。

あくまで説ですが、臓器内の神経
組織が記憶を蓄えているとも言われて
いますし、生物の細胞自体に記憶
を蓄える能力があるとする細胞記憶説
まであります。

鳥肉として食されるブロイラーなど
生まれた時から身動きの取れない
狭い空間に押し込められ、ストレス
まみれで育ち、一生を終えさせられ
ます。

話には聞いていましたが、正直今日
まで、一度たりとも彼らの憂いに
思いをはせることはありませんで
した。

ステーキ、ハンバーグのメニュー
を見てはただ”おいしそう”とだけ
思っていた自分が情けなくなります。

あっ、今日の話は「だから肉を食
べるな」と言っているのではあり
ません。

こんなことも心の片隅に置きながら、
彼らに感謝しながら、おいしくい
ただいたなら、少しは彼らの供養
にもなるのではないかなと思ったの
です。

そして食べる時には生の野菜を大
量に取ってください。

ネガティブな影響をかなりおさえて
くれるはずです。

というわけで今日の妄想はこれにて
終了です。


プチ菜食のススメ」でした。

今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。


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