いつも記事をお読みいただきありがとうございます。

PTSDは、とても大きくまとめると「過去の体験が現在を侵食する」状態であり

PTSD治療は
「今、ここ」を安心・安全に、心地よく重ねていけるために
過去の記憶や体験も含めて現在の自身に統合されていくように

ということを目指しながら、目の前の方の行く先がその方の最高な未来でありますようにという思いを胸に秘めて日々小さく小さく活動している一個人です。
これはセラピストによっても異なる部分かと思いますので、あくまで私の話で。


しかしながら、この「今、ここ」を生きる
というのは本当に難しいことです。

気付けば「こんな時間!遅刻!怒られるっ!」
とまだ起きていない未来に恐怖を抱きながらあくせくしたり、
「ああ、さっきはこう言えば良かったのに!」
と数時間前のことを引きずって悶絶していることがほとんど。
…これまたあくまで私の話ですが。



という、前置きから長くなってしまった本日ですが、
このような人間の脳の癖の部分としてはさておき、


トラウマ記憶の性質からくる「今、ここ」の感じづらさ

について、今日はお話していければと思います。



トラウマ記憶は、“氷漬けの記憶”とも呼ばれるように
特徴的な記憶ネットワーク処理がなされます。
 

 


詳細はこちらをご参照ください



トラウマ的な出来事が生じているその時の記憶や感覚・感情等が、
その時のような強度や鮮やかさを以って保管されている。
その氷の中身が、現在の生活の中でトリガーされる、侵入的に再生されるなどするなかで、

「今、ここ」の自分にリプレイされる

このようなことが起こるわけです。


実際には、物理的に考えれば、安心・安全度が高いはずの環境下においても
「今、ここ」が一瞬で過去の状態に引き戻されるのです。
脳をはじめとした臓器や神経系など身体は目の前にある危険から身を守る反応を起こし続けます。

また過覚醒症状により、不眠や焦燥感など、バクバクした状態が継続して生じていることも多々あります。


しかし、日常は続いていく。
周囲からは、物理的には「安心・安全な」今現在が見えているのみの中、
当人は瞬間瞬間を、懸命に適応するしかなくなります。

まずは感じなくする。これは感覚もですが、考えや記憶に蓋をすることも多くなります。重たい蓋を強くかぶせることで、安心感や心地よさなどマイルドな感覚や感情も同時に隔たれます。壁の向こうにあるのはわかるのに、手が届かない感覚に近いでしょうか。


このような再体験症状や回避・麻痺、過覚醒症状といったPTSDの主症状たちは、いずれも「今、ここ」のご自身を“回復”へと向かわせる、とても最もで大切な身体の試みです。
しかし苦痛の強いこれらの症状が再生されることで、現在の知覚や感覚自体が、氷漬けの記憶ネットワークと連結されていってしまう。トリガーを通じて、氷漬けの記憶に連結され、より「今、ここ」を侵食する力が強まることがあります。


セッションにいらっしゃる方の多くが、「以前はできていたことができなくなった」「好きなものが、何とも感じなくなってしまった」「大好きな人なのに何も感じられなくなった」とおっしゃります。

大好きな物・事・人と共にある時間が、苦痛な感覚に支配され、本当に大切にしたい対象と悲しい別れを生じて傷つくこともあります。

大切な「今、ここ」の安らかで心地よい感覚が失われるというのは、本当につらい体験です。


過去が何度も再生される中、何度も何度も一人で立ち向かってくださったのだと感じて、目頭が熱くなります。大切な価値を、大切な相手との愛しい感覚を何度も何度もたどったのだと思います。


これ、実は、セッションを受ける中で、とても大切な宝物になっていきます。

過去のトラウマ記憶が強力に力を持っている状態の時には、
「今、ここ」の自分を守るために「今、ここ」を切り離す
しかなくなっているので、感じられなくなっている思いなのですが、記憶のネットワークを回復に向けていきやすいように再構築していく中で、回避・麻痺を使わなくても良くなっていく。
そうなると、「今、ここ」の感覚と安全に共にいられるようになっていきます。


そのための標となってくれることがしばしばあるのです。

セッションにいらしてすぐには、「好きだったもの」が喪失感や悲しい感覚と結びついているのですが、記憶処理ネットワークが次第に繋がりトラウマ記憶の処理が進んでいくと、ちらりと目に入った好きなものに胸の奥がキュンとする、ホッとした気持ちが湧き上がるなど、小さな光が灯る瞬間が訪れるのです。



「今、ここ」にいて

心と体が安心や安全感、少しでも楽になるようにと試みること

楽にまでならずとも、「「今、ここ」の自分は何をしたいだろう」とふと意識を向けてみること

吸う息が鼻に、吐く息が上唇に触れる感覚に意識を向けながら、新鮮な空気を全身に贈ること


すぐには感じられないかもしれません。
楽にならなくて、がっかりすることもあるかもしれません。
却って嫌な思いをして、悲しい思いをする日もあるかもしれません。


しかし、それは絶対に無駄にはなりません。
必ず、どこかの「今、ここ」のあなたを助ける灯になります。


このように、トラウマ記憶の記憶処理ネットワークの目線からの、「今、ここ」の感じづらさの話でした。
解離も含めて、この記憶処理のネットワークの目線でみると、脳画像の研究でも色々と「なるほど!」なことが多いのですが、また別の機会に少しずつ書けると良いなと思いつつ。


皆様の「今、ここ」が、どうか今この瞬間、穏やかなあたたかさに満ちたものでありますように。この記事が役立てば幸いです。

本日もお読みいただきありがとうございました。