お待たせいたしました…っ!!
PTSD・トラウマと身体疾患・自律神経症状
の歯車の整え方についてお伝えしていければと思います。
本当は前回で具体的な整え方のヒントをお伝えしたかったのですが、例のごとく長くなってしまいました…。
予告が予告になっておらずごめんなさい
ということで、おまたせ致しました。
歯車の整え方をお伝えしていければと思います。
★あくまで私が出逢ってきたクライエントの皆様との中で積み上げてきた知見に基づくものです。日々更新されていますし、個人差もあります。
私1人の蓄積した知識のみでは至らぬ所も多々あるかと思いますので、「1つのヒント」として、ご活用いただければ幸いです。
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生物心理社会モデルを元にご紹介して参ります。
こちらもご参照ください
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(念の為、復習がてら…)
・生物:体質、器質、身体機能、発達的側面、肉体的な病気や怪我など健康状態、既往歴、遺伝要因、ホルモンバランスや自律神経のスタイルなど…
・心理:感情、ストレスへの反応(心理面)、物事の認知、過去の経験や学習など…
・社会:生活環境、仕事や学校や日常、対人関係、イベント、サポート資源など、ご自身を取り巻く環境や状況など…
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歯車の整え方のポイント
★ポイント:医学的介入、身体・細胞の歯車
運動・栄養・休息・生活習慣回りの調整
体質、器質など肉体面→医療でのサポート。具体例には血液検査等の精査を行い、投薬治療に繋ぐことが多いです。下支え、ブーストとして、自然治癒力が働くための歯車を回します。
発達的側面→医療でのサポートを受けて身体の安定化を図りながら、脳のクセや適応パターンを分析し、その方が1番“楽”に過ごせる部分を探ります(「社会」への同時介入が役立つことが多い気がします)
既往・遺伝要因→出やすいパターンが特定されることもありますので、「心理」への同時介入が役立つことが多いです。“炎症”が拡がる前の火種の内に鎮火が大切になります
ホルモンバランス・自律神経系→医療でのサポートに加え、結構その他BODYへの介入が役立ちます。身体感覚キャッチが上手な方も多いためか、鍼・整体が合う方も多い印象。
あとは、「軽く汗ばむ強度の運動」。交感神経系優位にし、腹側迷走神経系のヴェーガルブレーキが自然に働く…という、スイッチ切替の歯車が回りやすくなります。サウナの“整い”とかも近いのかもしれませんね(サウナに10秒と入れない人なので自身で人体実験できず…トホホ)
いずれにせよ、身体の専門家にかかることを第一選択にしています。
あくまで「治す」というよりは、
「歯車に油をさす」
という視点で繋いでいきます。
あなたの大切なリズムを取り戻すために、一旦は定まった手拍子を医療的介入により打ってもらう。
そのリズムに合わせられるだけの力を身体が取り戻した頃、あなたの本来のリズムがちゃんと動き出します。
※手拍子があまりにも合わない時には、少なくとも不快ではないリズムに変えていただきたいので、遠慮なく医師と相談してください。
特に睡眠やうつ状態など、PTSDが背景因であったとしても、投薬治療によって整っていくことで脳機能が本来の力を発揮しやすくなり、PTSDセッションそのもののの進みがスムーズになります。
あとは栄養については、これは保育士試験で栄養学ギリギリ合格だった私がお伝えできることは少ないのですが、身体に取り入れるエネルギー、かなり大切です。
以前、夕方になると頭痛と吐き気(恐らくアクセル全開(交感神経過活動)で踏ん張っていたのでしょう)に襲われる方がいらっしゃいました。
「最近ブルーベリー好きで」とのことで、オヤツに冷凍ブルーベリーを食べるようにしたら何故か首凝りが軽減→頭痛がなくなり、夕方のブレーキがマイルドに利くようになったことがありました。その後数人そのような方がいたので、面白いです。
何がどう効いているのか知識不足ですが、視神経は脳に近しい部分でもあるので、眼精疲労が軽減されるという歯車が、自律神経系の調整にもかみ合っていったのでしょう。
「食べたい!」という細胞からの希望がヒントになることも多いです。ビタミンCやたら欲しくなってランチに果物少し加える等、小さなことからでも。
※心理的逆転が起きていないことが前提ですが
★ポイント:「真の希望」を見つけ出す。
過去の“心”を、現在の自分にコミットさせていく。「“真の希望を叶える”ために現在の自分が1番心地良い距離感は?」をベースに。
私の専門とする所なので思わず力が入りそうになりますが…
私は
「不合理なことをする“心”というものに“理”を与える」のが心理の仕事と考えておりましたが、多くの方々と会えば会うほど「そもそも不合理ではないのだろうな」と実感しています。しかし、ご本人は1番「不合理」に悩み理解出来ずに苦しんでいます。
あなたが「こんなことで」「こんなふうに思うなんておかしい」と思うことには、大切で譲れない背景がある。
おかしくないんです。
何も変じゃないんです。
過去のどこかや誰かとの間では、
安心・安全を保つ
不穏を防いでホッとさせる
なんとかやり過ごす
今の自分にとっては不合理でも、そう思うことで、そうすることで叶えたい切なる祈りがあったわけです。それはきっと真実で、あなたの心と体を守るものだった。
それはとても“理”にかなっているわけです。
そうして生き抜いて生き抜いてきた。
“理”という言葉の成立ちには、
玉(宝玉)を磨いて整える
という意味があります。
「おかしいよ、変だよ」ではなく「そりゃそうだよね。本当はこうなってほしかったよ」と目一杯抱きしめて、丁重に優しく磨くようにする。
その中で、当時の自分にはそうすることが本来の祈りをかなえる唯一の“心”だったけれども、現在の自分がその祈りを叶える為にフィットする“心”に自然と出逢える感覚があります。
そして、過去からくる未消化の体験が強い時には、記憶自体に介入をして一緒に歯車に動きをつけることもあります。
パワハラ系上司やいつも心無い言葉をかけてくる先輩にニコニコして自虐的に適応している方がいました。「いじられキャラ」と自称し頑張っていたのですが、ある時より全身痛と倦怠感で起き上がれなくなり、杖をついて初回セッションにいらっしゃいました。回を深めていく内に、幼少期にストレスフルな環境下で奮闘していた母に八つ当たりを受けながらも、適応する過去のご自身に出逢いました。
その小さな賢い女の子は、“バカ”をしてお母様を笑わせていました。
「大好きなママに笑っていてほしい」
「2人で笑って過ごしたい」
その切なる祈りを叶えるのに、自身が“バカ”をして成功した体験があったのでしょう。過去のその方は懸命にピエロを演じ、大切な母親を笑わせていたのです。
でもそれは本当は、母親自身の課題。本来怒りを持つ対象に出せない怒りを、大切な娘にぶつけてはいけないし、ましてやケアをさせるのは誤りです。大人である母親は、自分の課題に向き合い、怒りを適切に伝え、解決していく必要があったわけです。
そして恐らく、現在の上司や先輩も似た課題を持つ方々なので、過去の自分が慌てて反応してしまうのでしょう。
「お互いが笑顔で心地良く過ごせる」
この切なる祈りに気づいたとき、この方は相手との距離感を心地良いものにすることに決めました。
「スープが冷めるくらいの距離(笑)」
とのことでした。
そう心がけて、出逢った時には従来通りの明るい挨拶をして、素敵な所は褒めて、嫌なことを言ってきたら無視して離れる…。
それだけで何故か上司も先輩も嫌なことを自然と言わなくなり、あとは母親との関係性も同時に温かなものとなり、別部署に素敵な友人もできたという、心温まるケースでした(正直、母親の課題はまだ続いている部分がありそうですが、現在の彼女なら適切な距離感を保った上で、心からの応援のエネルギーを笑顔で届けられると確信しています)。
★ポイント:社会は広い。ご本人を中心とした「社
会ネットワーク(生活状況)」から思い描く。
具体的、現実的、物理的、行動 が中心
適宜「修正」が必要(クライエントは代替案がよく成功するので、ヒントを提案するイメージ)
状況依存的に出る場合には、社会的な側面への介入が大切になります。
家ではのびのび過ごせているのに、学校に行くと萎縮してしまう。
ここには一見すると「学校」に何かありそうに見えてしまいます。
以前いらした方で、学校の門を見ると凄まじい疲弊感を感じる方がいました。それで学校に行くのが怖くなってしまった。
でも丁寧に紐解いて行くと、この方には元々聴覚と視覚の過敏があり、通学の電車や人混みの中で凄まじい量の刺激に曝されながら通っていた。死に物狂いで辿り着いた頃には疲弊しきり、学校の門と疲弊が結びついてしまっていた例です。
結局この方には電子耳栓の使用許可を学校側に依頼し、担任とSCに共有して場合により保健室で休息を取ってから教室に行けるように配慮してもらえると、自然に疲弊しないように身体の状態を整えていく力もつけてくださった上に、感性の豊かさを活用して、個人的に音楽やイラスト創作活動にも取り組める力をつけていかれました。
(中でも休息が役立ったようです。もしかしたら生物学的にも、貧血傾向や、自律神経系の調整不全が潜んでいたのかもしれません)
社会面での介入は、実は簡単なようでかなり難しい側面があります。
何故なら、様々な要因が複層的に絡んでいるためです。
そのため、具体的にどこに支援があれば良いのかを紐解き、具体的な物理面での配慮を申告する必要が出てきます。
具体的に物理的にどう介入があれば良いのか、誰にどう伝えるかも含めて、実際的に外的要因に介入していきます。
この時に大切にしたいのが
本人の希望
です。
当たり前のことかもしれませんが、とてもとても大切なのです。
「配慮を求める」となると、ほとんどの方が自身の希望をものすごく引っ込めます。
しかし、本人の希望というのは、本人だけが発揮できる宝物のような力を存分に出すための大切な資源に繋がっているのです。
先程の学生さんの例でも
最初は自家用車や通学通勤ラッシュを避けた登校を提案したのですが、ご本人の「“普通に”登校したい。皆と一緒が良い」切なる願いを叶えることが優先でした。ヒッソリと教室に入るその方よりも、大勢の生徒達の中でのびのび登校するその方のほうが私もしっくりきました。
きっと彼女の大切な感性は、たくさんの方々のエネルギーと出逢いながら磨かれていく、そしていつの日か沢山の方々の心に染みわたるクリエイティビティに発展していくのでしょう。
…が、苦しいものは苦しい。どうすれば望みを叶えかつジリジリが減らせそうかを一緒に探究した形が、先に挙げた介入でした。
…お恥ずかしながら、時として当たりが外れることもあるのですが、興味深いことに、ご本人からはもちろん、社会(学校や職場、家族や友人等サポーター)の方から、新たな介入の提案がくることもよくあります。それがまた、とても本人にフィットしていたりする。
社会側も新たな動きが出ることで、より良くなっていくための歯車が少しずつ動いていくのです。
…
とてもとても長くなりましたが、
主にこのような形で、歯車が動いていけるきっかけを作っていきます。
この時に、目の前の方が
「一番活き活きと、のびのびと、生きる」
そんな姿を心の中心に置いて、教えていただいております。
そんな姿で生きてほしい目の前の方を心に描いて、
どこで窮屈になっているのかを探します。
その方が
首肩が凝り固まるような身体になるところ
ジリジリした思いで踏ん張っているところ
自分を見失うところ
そのような生活場面を想像していく
そして、前回の記事でも強調した部分と重ねてになりますが、
「解決できる可能性が高い所から介入する」
ということ。
私達のBODYの特徴でもある恒常性維持機能も手伝ってか、歯車全体を一気に整えるよりも、歯車の隙間に油をさしてスムーズに動く手伝いをすることが、却って、ゴゴゴッと全体の歯車を整えることもあったりします。
長くなってしまいましたので、ゆったりと少しずつお読みいただいて、ヒントになりそうな部分から、お使いいただけますと嬉しいです。
いっぱい、いっぱいに
毎日たくさんのことを乗り越え
頑張り抜いてきた大切なあなたの心と体
今起きている不調やアンコントロール
苦しみや悩みも
いつかきっと
「一番活き活きと、のびのびと、生きる」
どこでだって、誰とだって、「本来のあなた」であれる、そんな道に続いていると信じています。
病床で身体的には自由に動けないこの身ですが、
これも
「一番活き活きと、のびのびと、生きる」
私です。
それは他でもない、読んでくださるあなたのおかげです。
微力だけれども、この記事が届いた方が、活き活きと生きていてくれる、この希望が私の力になっています。
ありがとうございます。
まずはこの過酷な世界で生きていること、それだけでも凄まじい力です。
だからこそ、あなたの今日が、明日が、これから続く日々が
活き活きと、のびのびと、生きる
そのような瞬間の連なりでありますように。
本日もお読みいただきありがとうございました。
