おはようございます。

早朝のゴミ拾いは、今日で202日目。
トータルの継続日数は、246日目。

 

今朝の気温は、26度。

今朝は、雨が降ったりやんだりで、雨のち曇り。

 

アレクサ予報では、今日は雲が多く、雷雨になるとの事。

確かに、早朝外を走っていて稲光が見えたり。

 

 

 

今まで、長く同じ道路でゴミ拾いを続けていましたが、一週間、ゴミがほぼ無かったのもあり、本日からルート変更。

 

 

と、その前に、家で備蓄してる湧水が丁度少なくなっていたので、久しぶりに水汲みへ移動。

 

 

この道路も、過去記事の中で何度か書いてますが、ゴミの多かったポイントがあり、そこを重点的に回るもゴミが少なかったですね…。

 

やっぱり、特定道路だけではなく、全体的なゴミの量が減ったと、見た方が良さそうな気がします。

 

昨日、ゴミが減った要因について書きましたが、それ以外の理由としては、ゴミを拾う人が増えたことなど。

 

 

その要因となりそうなのは、過去記事でも書きましたが、佐賀大学“お嬢様部”のテレビ報道ですね。

 

 

テレビを見る人が減ってきてはいる物の、依然としてまだテレビの影響力は大きいので、これをみて影響を受け、ゴミ拾いをする人が増えたのではないかと予想しています。

 

 

 

自分の場合は、この前からやってるので特に意識はしてないのですが、現実問題、毎日、休まずゴミを拾い続けてきて、ここ最近のゴミの減少量は異常ともいえるので、そういう変化を通して、間接的にテレビの影響力を感じてる次第です。

 

或いは、以前から思ってる事ですが、自分と同じような人が、一人でも表れたら、ゴミが街からかなりの量無くなるはずなので、そういう人が地元に現れたのかもしれません。

 

もしそういう人がいたら、お会いしてみたいですね。

 

お会いして、話し合って、役割分担してゴミ拾いをした方が、効率よくゴミを回収できますし、ゴミを出す日も地域によって違うので、その辺でゴミを分け合って処分するともっと効率が良くなると思います。

 

不燃ごみなども、1袋にまとめてしまえば、1つ分のゴミ袋ですむので、経済的。

 

 

 

2022-07-06に回収したゴミ

今朝、回収したゴミ。

 

以下の写真は、河川の横にある道路なのですが、以前は、ここだけでもかなりのゴミの量があったのですが、2つぐらいしか落ちてなかったです。

 

この河川の向かい側にもゴミが多く落ちていて以前は良く拾ったのですが、行きはそちら側を回ってゴミを見るも、数個程度…。

 

帰りは、反対側の以下の写真の通りで、此方も数個程度…。

 

少ないですね・・・。

 

 

 

ここから行きとは違う道路へ迂回して、ゴミを探しながら移動しましたが、ゴミが同様に少なかったです。

 

水汲みに最低30分ぐらいかかるので、日も昇ってきて、交通量が増えて、前後のクルマも多くなり、避けられるポイントがあれば、積極的にハザードランプをつけ、クルマを脇に停めて、道を譲りながら移動していましたが、それでも、どうしても止められないポイントで、ゴミを見つけて、スルーするなど。

 

そうこうして帰宅した時点では、このゴミの量。

 

 

袋ゴミがあったので、嵩張って多く見えますが、全体的にはいどうきょりのわりにすくないほう

 

 

 

袋ゴミの中を確認

 

 
カップ麺と、お弁当の容器。
 

 

ゴミを水洗い

 

いつものように分別、清掃、水洗い。

 

少ないので、今日も楽な方ですね…。

 

 

全体的なゴミの量が減少傾向?

 

上記でも色々書きましたが、今日は、久しぶりに走る道路なので、ゴミが多いと予想してたのですが、予想を裏切られる結果となりました。

 

やっぱり、テレビ報道の影響で、ゴミ拾いをする学生や、子供が増えたのかもしれません。

 

Twitterをざっとみても、子供がゴミ拾いという情報もありますし…。

 

大人より、子供が、学生の方が、心が綺麗で優秀ですね。

 

自分は、大人でも子供でもない、生き物だと思います。

 

どのカテゴリにも属している感じがしないので、宇宙人かもしれません。

 

 

余談は置いておいて、明日からは、別ルートでゴミ拾いをする予定ですが、それもどうなるかという感じです…。

 

 

さらに余談で、最近、母親が子猫を貰ってきて、その面倒をよく見てて、自分になついてはしゃいで、肉球パンチや、肉球ドロップキックなどを日々受けていて、中々ハードな日々なのですが、そうやってはしゃぎ回って動き回っていた猫が、突然静かになって、物音一つ立てなくなるのと、心配になってどうしたのか?と探し回ると、風当たりのいい涼しい場所で寝ていたり。。

 

それと似てるとは言えないですが、毎日、毎日、ゴミを投げ捨て続けていた、ポイ捨て犯が、ある日突然、ポイ捨てを辞めて大人しくなってしまうと、「一体何があったのか?」と逆に心配になったりもします。

 

あれだけ、怒りや、絶望を感じつづけて、この世から消えて欲しいとさえ願った、ポイ捨て犯も、突然いなくなると、村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」のような、喪失感さえあり、最近、ゴミ拾いに張り合いが無くなり、何とも言えない気分です。

 

街並みや、時代が変化していくように、旧態依然としている方が、不自然なので、道路の状況というのも、時代の変化と共に移り変わっていくのかもしれません。

 

ゴミ拾いをしなければ、間違いなく気付かなかったことだとは思います。

 

普通は、こんな時間、寝てますから。