とある朝…
相変わらず黒木はファミレスで目を覚ます
ただ目覚めは良い
自分のペースで起きる事は単純に楽である
時刻は朝の9時
起きがけの煙草を吸おうとして
フィルターをゆっくりテーブルに打ち付けながらふと思いつく
(どうせなら朝食でも食べてみるか…)
メニュー表を開き
目の前に見えた
中流アメリカ家庭の朝食の様なセットに
さっそく心を奪われた
目の前で掃除機をかけるウェイトレスに頼み
ドリンクバーからオレンジジュースを持ってくる
初めて頼んだモーニングは
まだ知らない{家庭}の味がするのだろうか
黒木はささやかな期待を込め待っていた
しばらくして
期待とは程遠い朝食を
黙って見つめる黒木
枯れ木のごときトーストと
もんじゃ焼きの様なスクランブルエッグ
名前を付けるならば
{公園の炊き出しセット}
{家庭}とは程遠い食事は
黒木に落胆と諦めを与えた
『写真と実物はどこでも違うものか…』
二日前に行ったファッションヘルスでも
写真指名してから実物が来るまでに
20年の歳月が掛かったのかと思う程のハズレを引いたばかりである
そのタイムスリップヘルス嬢が
これまた時代錯誤のギャル語を使って来るので
黒木はプレイ中
天井を見つめてひっそり呟いた
『夢にしてはタチが悪すぎる…』
これを機に黒木は一切写真を信用しなくなっていく
ただ騙されようが
炊き出しだろうが
抜けるモノは抜けるし
食えるモノは食える
(これぞ「プロ」の仕事ですか、と…)
「終着点さえ合っていれば
通過点はある程度妥協しなければならない」
心に言い聞かせて
黙々と炊き出しを口に運んだ
相変わらず黒木は新宿を拠点に作業をしていた
ただ打つのは常に一人だった
金村を始めとする群れはもういない
黒木はある男にサクラの存在を打ち明けた
1号との会食が終わった後
近くのマックで手紙を書き
その日の作業中
茶沢が帰ったのを見てから
店内に置いてあるアンケートBOXに入れた
{客と通じてる社員がいる
客に高設定を打たせて利益を貰っている
詳しく知りたければ
朝08:30までにバッティングセンターまで
黒木}
その日黒木は
朝バッティングセンターに10分だけ寄った
正直、来るにしろ来ないにしろどちらでも良かった
手紙を信じて誰かしらが来たら、素直に話して自分は助かる
信じずに誰も来なけりゃ、このまま違う土地に行く
茶沢と会う時間は08:45
運悪くばれてここに茶沢が来たとしても
それなりに人のいるこの場所でなら逃げ切れる
黒木は自分の運命を紙一枚に委ねてみた
表が出ようが裏が出ようが
最悪、死にはしないと考えていた
いゃ、死んだらそれはそれまでだとも考えていた
そんな意味では黒木は賭けに勝った
店長を名乗るある男に詳細を話し
店が開店してから自分より前にいる人間がどこに座るかで判断をして欲しいと告げた
その後
茶沢から台番号の書いてある紙をもらい
何事も無かったかの様にパチスロビルに戻り
皆に指定された台番を告げる
6番目の位置で開店を待ち
いつもの様に台を確保し
珈琲を買う仕草を装いそのまま店を後にした
ある男はその日の内に
茶沢を問い詰め
金村達も作業場で捕まったらしい
黒木はそれを後で知った
その後の金村達がどうなったかなど
黒木にはどうでも良い事だった
いないのが解ればそれで良かった
昔、自分は弱いから金を失った
金村には感謝はしているが
それ以前に200万を取られた
だから復讐した訳ではない
裏切ったとは思わない
牙を休めようとすれば喰われる
力が無くても喰われる
今回の行動は
自分にここでこれからも生活できるかどうか
その確認だった
サクラとしてではなく
己の腕があればどうにかこの世界なら通用するだろうと考えていた
場所はどこでも良かったが
どうせならもう少しここでやっていきたい
この腐った空気を吸い続けながら
どこまで行けるのか試してみたい
そんな思いがあった
その為には金村達が多少は邪魔な存在であった
考えが幼い分、自分の目的には実に忠実だった
確認出来た現在
黒木は作業をこなしている
日によって店は変わり
余程の事がない限り
開店してから店に行く事がほとんどだったが
金が増える作業はこなし続けていた
基本の打ち手が
平均設定が高い店に行く中
小数の高設定を掴み易い状況がある店か
低設定でも勝負に値する台がある所に
好んで通っていた
わざわざ並ぶ事をしなくても
使える台があればそれを打つ
スロットもパチンコも関係なく
勝てる要素があれば1日打ち続けた
そのおかげもあってハイペースで金は貯まっていったが
そのせいで未だにファミレスを転々とする毎日だった
(さて…いい加減行くか…)
ふと窓の外に人が通りがかる
(……!)
見覚えのある顔に黒木は一瞬戸惑う
が、すぐさま外に出る準備を整え
いまだに掃除機をかけ続けるウェイトレスに金を投げるとファミレスを飛び出していた
人影が向かった方向に走りだし目を凝らす
人が多すぎる
見つかる訳がない
そもそも本人だと確証してる訳でもない
十分後
開店間際の状況になり
諦めて店の方へ足を向けると声がした
「黒木?クロちゃんでしょ?」
振り返るとそこには
黒木の彼女を奪った張本人が突っ立っていた
『あぁ… やっぱりお前だったのか…』
欲望は尽きる事を知らない
この街はそんな欲望を持つ者を両手を上げて歓迎する
欲が深ければ深いほど
街の魅力にはまっていく
時おり現れる「光」を求めて
欲望を持つ蛾は集まり
その羽ばたきをやめない
やがて光を手に入れた時に周りを見て気づく
そこには力尽きた蛾の死骸が山となっている事を…
それを見て諦め
途方にくれる蛾もいれば
見て見ぬふりをして
傷ついた羽を弱々しく羽ばたかせる蛾もいる
中には周りを傷つける事に快感を覚え
弱者を貪る蛾も
光の眩しさに耐えられず倒れる蛾もいる
まだその事を理解出来ない幼い蛾は
新たな光を手に入れようと
羽根をゆっくり動かし始めていく…
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