sample1ー5 一月?日 夜 | ウリトモ(∵)のブログ

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『…ウイッス…』

「おぉ黒木! こっちだ」




…ある日、いつもの様にレシートを1号に渡した際
1号に食事に誘われた





あれから何度となく
開店前のトラブルはあったが
ほぼ力ずく
時おり金を使って
4匹は忠実に作業をこなしていった


やがて4匹に構うよりも
放っておいた方が身の為と
ようやく周囲が気づき始める、そんな時期になっていた




上からの命令に近い誘いを断る理由など無い

寒さの中並ぶ事も正直したくない

ただ一応確認すると
明日の並びについて聞くと2号が代わってくれるらしい


時間と場所を聞き
近くの風呂つきサウナで
気持ち程度の清潔感を出してから指定の場所へ向かう



駅に程近いビル内の居酒屋

店自体の雰囲気を醸し出す薄暗さ

そもそも初めて居酒屋に入った黒木にとっては
ここで何が起こるのか想像つかない事と
目に写る景色がほとんどセピア色だった事も手伝い
楽しみよりも不安と重圧で身体が侵食されていった




1号は店の奥の座敷にいた


「まあ座れや」

『…はい』

座布団を外し畳の上に正座する

「酒は…呑めるのか?」

『いゃ…あ…飲みます』

クスリと笑う1号

「無理しなくても良いぞ」

『いえ、大丈夫です』



何か食べるかとの問いにも答えられずにいると
1号は通りがかった店員に2、3言葉を告げ注文をした


数分後
生ビールを2杯とお通しが届く


黒木は微動だにしなかった


生ビール
お通し
そして1号の顔へと視線を移しただけだった


1号はまたクスリと笑う

「いいか? こうするんだ」


ジョッキを持ち、差し出すように黒木に向ける

黒木も真似をして目の前のジョッキを1号に向ける


「おつかれさん」

軽いとも重いとも言えないジョッキ同士があたる音
1号はその後ビールを半分程一気に飲みほした


『あ…はい』


ビールを飲む黒木

初めてのビールの感想は
単純にクソ不味かった

一口でジョッキをテーブルに置く



「まあ緊張せず足を伸ばせ」


『…』

言われて黒木は仕方なく足を多少崩す


「相変わらず俺の前では大人しいな」


『…すみません』


「良いさ
必要無い事まで喋らないからお前を呼んだんだ」


『…』


「お前、何で東京に来た?」


『…』


「やりたい事あったのか?」


『特に…』


「お前が嫌じゃなければ…」

ビールを飲み一呼吸置く1号


「今俺がやっている事をお前に任せたい」


『…』


「俺達は俗に言う{サクラ}だ」


『(今更か)…』


黒木には特に衝撃は無かった

表面上、驚きの顔をみせたが
言われなくても分かる事だった




1号も2号も何を基準に台を選んでいるのか分からない

その割には毎日の様に勝つ

勝つ割には下調べをしたのを見た事がない

それなのに開店前には打つ台を必ず指定してきた



一番の疑問ではあったが
1つだけ明確になれば答えは簡単だった


(おそらく)俺達は(人の為に)打たされてる

そんな考えが黒木の中には常にあった




しかし唐突に1号はその秘密を解き放った

と同時に
一気に1号の周りに鋭い空気が流れ出す


下手に動いたら怪我では済まない…

1度でも殺されかけた人間には理解できる冷たい空気

周囲の雑談も耳に入らない程に
目の前の{冷静な野獣}の動きを凝視する

黒木はやがて硬直し始める




黒木の眼から視線を外さず話を続ける1号



「俺も銀川もこの世界にずいぶんいる」


『…』


「稼ぐだけ稼いだし、そろそろ違う事をしたい
いゃ、本音は何もしたくない…」


『…』


「正直、俺達も疲れたんだ…」

笑いながら
しかし1号の周りの空気ははりつめたまま話は進む


「お前にその気があるなら紹介したい人がいる」


言うと男が一人部屋に入ってきた

黒木にはなんとなく見覚えがあった

《作業場》にいる店員だからだ



「主任の茶沢です」

微笑みをかけてくる茶沢

「これからこの男があの店の高設定を教えてくれる」

『…』


「その中のどれを打ったって構わない
ただ茶沢には毎日三万払う
その後どう打とうが残りはお前のだ」


『…』


「新しく打ち子を雇って台数をこなしても良いだろう」


『…』


「どう打とうが
当てて
日当出して
情報量をあいつに払えば良いだけの話だ」


『…』


「お前だったら裏切らないし、
俺はお前に任せたい」


黒木は承諾の道をためらわずに選んだ

今の時点では他に選択肢は無い

何よりも今は自分の身が安全圏にいる方の事が優先だ



『…分かりました』


「そうか…良かった」


『ただ…』


「ただ?」


『俺が引き継いでからも本当に店側にバレませんかね?』

「お前次第って所はあるが目立たなければ大丈夫だろ」

「基本は私もいますし」


茶沢もあいづちを打つ


茶沢を見て黒木は1つ質問した

『あの…明日やってみたい台あるんですけどダメですか?』


「設定を入れるのは俺より上の立場の人間だから
明日だと…難しいね
ちなみに何をだい?」


『…なら別に良いです』


少し残念だったが
聞きたい言葉が聞けたので黒木には充分だった




『金村サン…』


「なんだ?」


『腹減りましたWW』


照れながら満面の笑みを見せる黒木
大人の世界に片足突っ込んでいても笑顔は子供
それを見て1号は満足そうに笑い


「あぁ、好きなもん食べろ
酒も好きなだけ飲め
お前の出世祝いだ」


とビールの追加をし始めた





…AM7:00


黒木はここ1週間は一人でバッティングセンターにいた

一心不乱に来た球を打ち返す

そしていつも8:30に作業場に向かう

野球などやった事もない我流の打ち方

それでも当たれば球は飛んでくれた



『…どんな打ち方でも当たりゃ良い、か…』



疲れてベンチに座ると
ネット越しに人が近づいてきた


「この手紙は…君のですか?」


(意外と早くリーチ目が来たか…)


黒木は笑みを浮かべる

それはすでに子供の笑みでは無かった





力に屈服してきた蛾にとっては
初めて持つ力はとにかく使ってみたい


罪悪感など何も感じない

これからする事は
クズが目の前の邪魔なクズを処理するだけなのだから…