(※長文なうえに、途中まで不愉快な内容かもしれません。私の性格悪さも滲み出ている)
以前の日記周期の時に書いてたノートが出てきて、読み返してみました。2013年の春です。当時色々ありまして、情緒不安定にもほどがあったので、旦那に勧められて書き始めたんでした。
なんとなく書き始めたら、その後予想外に激動だったんだよなぁ…前のパート先でとある人にイヂメられて、鬱トリガー引かれて神経症みたいな症状が色々出てました。当時多分こんな顔してた↓
そんな中、最愛の祖母との別れもあって踏んだり蹴ったりというか、ボロボロでした。
んで、それでしばらくパート先をあけたことでもっと立場が悪くなりまして、とある許せない一言(人の命に関すること)を言われたせいで、一気にどーでもよくなり「こんなパート辞めてやんよ!」と辞めたったという。そんときの心情が非常に詳しく、赤裸々に書いてありました。
いやぁ、おかしかったねあの時は。今とは考え方が全然違いました。ひたすらマイナス思考に陥ってました。
当時のパート先というのが、クリニックの受付という、いわゆる「女の園」でして。めんどかったなぁ~。
私は小学校低学年で、あぁ女子って面倒い、と思って早々に女社会からリタイヤしてたんで、付き合い方などの勉強が足りなかったんですよね。だから、そこに横たわる不文律など読めなくて(例えば、見えない派閥があって、ある人が気に入らない人と付き合っちゃうと私も目の敵にされるとか)。
あと、女性でも大抵の方は良い方やとは思うんですが、特定のタイプの女性に嫌われるのは経験として学びましたね。合わない人はいっつもこのタイプ。
自称サバサバ系で、自分がデキる女と思ってて、何事も自分が一番じゃないと嫌なタイプ(ちょっと普段からヒス入っててキンキン声で愚痴言ってるのが特徴)にはよく嫌われます。しかもこういう人って攻撃的で発言力あるから(恐怖政治の賜物ですが)、周りの人まで巻き込みやすいんだよなぁ…。
だから、多分私は本当は思ったよりは人から嫌われてないのだけども(遠くから応援してくれてる人はいるはず)、その人からのダメージ大きいのですごく自分は嫌われてるっていうイメージを持ってしまうし、周囲の人も手出せないから一人で戦う羽目になりますよね。
これをいうと私も好感度が下がりそうですが(まぁ今日は自分の性格悪いところをさらけ出すよ)、私は比較的飲み込み早い方で、何やらせても短期間で人並み以上のレベルには達するんですよね。そんで、なんか嫌でも目立っちゃうタイプなんで、そういう、自分が一番でいたい人の反感を買うのだと思います。しかも私は、そういう人みたいにしっかり者でチャキチャキしてるわけではなくて、ヘラヘラしててぽーっとしてるところがあるので、余計「なんでこんなヤツが!」と思われるんだと。
私をイビッてた方をAさんとすると、その方はパート内では古株で、自分は出来るという自負も、向上心もある方でした(その割にドジっ子なところもありましたが)。
私は新入りで入って、すぐに仕事を覚えたので、クリニックの先生やその奥さん(パートを総括していた)などに褒めていただいてたんですよ(時給も、本来は入って三ヶ月のところを、一ヶ月で上げてもらえた)。最初はAさんも私のことを褒めてくださってたようです(後で人伝で聞いた)。
ところがある日から急に当たりがキツくなり、一緒のシフトに入っても会話してくれなく冷たい態度に…仕事できないじゃん、てレベルで。
私は基本的に気が弱いし、自己評価も低いのでどんどん鬱になって、そしたら集中力も落ちてって出来てた仕事もできなくなってくんですよね。
びっくりするのは、数字が読めなくなって、4桁のカルテ番号の見分けが付かなくなって、二つのファイルを見比べながら違いが分からず10分くらいウンウン唸ってたりしたこともありました。
そんで仕事の出来なさにつけこまれて悪循環に入ると。
そっから毎回Aさんと一緒のシフトの日が辛くて辛くて…どーしても無理だったとき旦那にパート先に休む連絡してもらったこともあって、そしたら奥さんが「Aさんのことでしょう?」と旦那に言ったそうで、認識はされてたみたいです。
そっから、シフトをあからさまに変えられて(配慮になってない配慮)目に見えてしまったことでさらにAさんの反感を買ったらしい。
そんなこんなやってるときに、(広島の)祖母が倒れてもう余命わずか、ということになりまして、しばらく休ませてもらって祖母を看取ったのですが、もう憔悴しまくりでした。そっちでもいろいろあったのですが今回は割愛。
んでね、私は忘れていた。女の世界では席を空けると欠席裁判が始まることを!
祖母のことと、それから体調も崩したので、2週間くらいは空けてしまい、迷惑はもちろんかけたのですが(そこは私の落ち度は素直に認めなければならない)、そこにプラスでAさんに悪評を流されていたようでした。
私によくしてくれてたBさん(この方と仲良くしてたのもAさん的には気に入らなかったよう)に、「あなた帰ってきても針のムシロよ」と色々なことを教えてもらい、その中に許せない言葉があったので、ションボリ鬱状態からいきなり怒りMAXに燃え、パートを辞める決心をしたのです。
でも、辞めるにも挨拶をしなければなりません。奥さんにはお世話になったし(という思いで、辛くても続けていたのですが、許せない発言はこの方から出てました)、と思って行ったら、Aさんもいて、話し合いさせられました。
そこで、泣きましたよね。
私じゃなくて、Aさんが、ですけど。
もう私は静かに怒ってる状態だったので、怖かったんでしょうね、オーラが。酷いことは何一つ言わずに冷静に話してたつもりだったのですが、ある一言がクリティカルにヒットしたようで泣かしてしまいました。
そんな泣くくらい自分も辛いんやったらイジメなきゃいいのにねぇ~。
でも、そしたらやっぱり泣いた方が同情されるんですよね~。いや、家でずっと泣かされてたのはこっちだよー、と思いつつ、私もヒトガイイのでめっちゃ慰めてあげました。
「あなたの気持ちもすごくわかります。私も高校生の頃イロイロあったしね…(ここでは割愛しますが)」などと。
最終的には和解したみたいになって、私はパート先から去りました。そしたら後日奥さんから電話があって、「Aさんがあなたとまた一緒に働きたいと言ってるからもう一度来ない?」と言われましたが、丁重に、
Aさんとは和解しても、他の人にもネガティブキャンペーンされてたし、奥さんももう信用ならなかったしね。
もうええんや、人間相手は面倒くさい、私はずっと機械を組み立てるんや!!と、今は工場のパートをしています。めっっっっちゃ楽!!最高!!
周りの人も良い方ですしね。それに趣味は趣味で充実してますし。
今になって思うのは、Aさんも可哀想やったんやな~と。
家事育児に追われてストレス溜めて、でもそれは義務のようなものだから褒められないし、自分が認められるのが仕事しかなかったから、私が邪魔になって、こういう風になったんではないかと思います。
同じ仕事してると、出来る出来ないでしかモノが測れませんからね。
もっと他に価値観もてたら、心の余裕が生まれると思うんですよ。
手作りとかね、そういう趣味持てばいいと思うよ。他人と比べて出来る出来ないじゃないですから。自分は自分だし、作品を作り上げることで自己肯定感も得られるし。
今行ってる雑貨屋さんでの知り合いも、女性が圧倒的に多いですが、イヤな人はひとりもいませんよね!おかげさまで女性不信が治りました。
手作りされる方はやっぱりみんな、自分は自分ってことが分かってるし、それぞれの目標に向かうことで心が満たされてるからだと思います。他人の足引っ張ってるほどヒマではないし、タイプの違う人を見ても、むしろ考え方の違いを楽しみたいと思いますよね。
そういえば、私に良くしてくれてたBさんは、Aさんに嫌われようがなんだろうが、なんでもマイペースですごく強い人だなぁと思ってましたが、手芸お好きで編み物作品とか凄いの作ってたなァ。当時はあまり興味なかったのでそこまで覚えてないですが。
だからね、みなさん、手芸(でもなんでも、自分が打ち込めること)はじめようよ!そしたら世界は平和になりますよきっと。
で、日記の話に戻りますが、おばあちゃんの亡くなるくだりは読んでてボロ泣きしましたよね、自分の文でありながら。
この時の気持ちを、日記のおかげで今でも鮮明に思い出せるので、当時書いててよかったなぁと思いました。時が経っても忘れないよね。
余談ですが、その後私はクロノア小説を書きましたが、祖母が亡くなった時の自分の体験を含ませています。文など、日記が元になってる部分もある。
自分の思いを登場人物に託し、物語にすることで、気持ちの整理がつく部分もある。日記だけじゃなく、小説ってのも、自分を見つめるのにいいことだなぁと思いました。巧拙は別にしてね!
今回のブログに書くことで、昔めっちゃ嫌だったこともスッキリしたし、文章で自分の頭の中を表すのって後々にも役立つなぁと思ったので、飽き性な私ですが、もう飽きずに、このブログは習慣にしたいですね。
昨日旦那に、「このブログ、もう『つくって』ない!」とツッコまれましたが…。
確かにそれは詐欺っぽくはあるので、ブログ説明文はちょっと変えようと思う、年明けたら…。


