ネガティブな気分にならなかった日は記事を書きません。

 

 

心理的なことに迫る話の中で、

トラウマを抉り取られるような思いをして心情を吐露しても、たいてい

「あ、昔のことは別に聞いてないので大丈夫です」

 

みたいな空気になるので心がしょぼしょぼになる。

 

なぜできないのか、が分からない当人は、

いつからできないのか

どうしてできないと思ったのか

 

これを伝えんと必死なのだが、

そういう過去はそこまで他人にも 自分にも 大事じゃないことなんだろう。

 

そうはいっても、自分はこれまで大事だと思っていたことなんだけどなぁ。

 

 

幸せとはなんだろう。

 

自分は弱い。


自分で作り出した頑強な檻の中でひたすら自分を罰し続ける。
どうしてこんなに弱くなってしまったのか。全く理由がわからないが、他人に責任をなすりつけるような話じゃないことは理解している。

 

それに、弱くても世間は特別扱いなんてしてくれる道理はない。

 

幸せになりたい。
強くありたい。

 

 

勉強していると睡魔に襲われるのが昨今の悩みである。

 

こういうときは、何をやってもダメなものだ。

 

コーヒーは全く効かない。ツボ押しもガムもペン突き刺しも効果なし。
唯一効くとすれば5分程仮眠をとることくらいだが、さすがに5分でも突っ伏して眠るのは忍びない。

苦肉の策としてうろうろしたり、声に出して読んだりするものの、たいていその場しのぎである。

 

 

だいたい、勉強に楽しみを見出せていないのが問題だ。

 

好きで勉強しているつもりなのに、いつも感情の部分がそっぽ向いているので結局覚えが悪かったりする。

 

楽しみが湧いてこないと、好きなのか好きじゃないのかすら自信がなくなる。

 

「ホントは好きじゃないんじゃないの?」と言われることはとても怖いので、
無理してでも”自分の感情が死んでいるせい”と思い込むようにしている。

 

 

学生の頃、どこかで経験したような試験風景の中にいる。しかし、周りにいるメンバーは現在の同僚や互いに切磋琢磨する仲間たちだ。

 

試験の答案と回答用紙が配られて、そこには今現在取り組んでいる仕事の専門用語にまつわる問いかけが並んでいる。

 

時間は2時間いっぱい。
上司にあたる人間が全体に向けて言うセリフは、「100点の取れる問題だから、100点以外は許さないぞ」。

 

(このあたり、いい歳にもなって「試験」「100点」「上司の評価」といったもので自分の達成度を図ろうとする、精神構造の稚拙さが顕れている)

 

 

 

確かに、悩まず解ける簡単な設問ばかりだ。(満点取れるかは別として)

しかし自分は全くスムーズに解けない。

 

・一つの問題に執心し、時間配分など最初から少しも考慮していない
・簡単なはずの英単語の綴りを不安になって何度も書いたり消したりする
・切羽詰っているのに眠くなって目を閉じてみる。

 

結局、出来上がるのは半分も埋めていない穴だらけの答案用紙である。

 

それを回収した上司に対して、詫びながら言い訳を繰り返し・・・目が覚める。

 

 

 

 

実にネガティブ人間らしい夢である。

しかし、今回の夢と全く同じようなこと現実には起こらない。

 

そもそも試験など存在しないし、試験をやり遂げ良い点を取るためのコツなら体得している。

夢ではたいてい自分の出来なさが誇張されるから、今さら不安になるようなことはない。

 

 

ただ、こんな夢を見る原因はおそらく、試験とは関係のない様々な物事に対して、「知識は備わっているのにそれをやり遂げる力がない」という漠然とした悩みを抱えているせいであるから、それはなんとかしたい。

 

 

 

誰かと出会ったとき、性格や考え方の癖、過去の遍歴など全てひっくるめて、その人の内面を知りたいという衝動に駆られることがよくある。

 

一旦気になる人に出会うと、異性同性問わず「アナタを知りたい!」という好奇心が湧いてきて、話していて楽しくなってくる。ある種恋に近い感覚にさえなる。

 

 

そんな訳で人と話すのは好きだが、逆に自分の事を見られるのは非常に苦手である。

 

というのも、自分は誰よりも努力に欠けたさもしい人間だと思っているので、人に自分を知られる(そして失望される)ことが怖いからだ。

 

第一印象ではどうやら自分はそこそこしっかり者に見られるのだが、出来る人間を偽り演じることはできないので、長く接しているうちにそのメッキは次々に剥がれていく。

 

外面だけいい自分しか見てもらえないことは寂しいことだが、
見てもらったところで、きっとがっかりさせてしまうことを思うと、途端に人付き合いに臆病になる。

 


今日もそんな出来事があった。あの人にはきっと「うわー」と思われたに違いない。

 

自分や相手の関係が今後どう変わることもないのだが、そういった繊細すぎる心を刺激される苦しさは、ある種恋を失う感覚にも等しい。


・・・こうくよくよするのはきっと自分だけじゃないと思っている。

 

 

この土日はいずれも朝8時ごろには目が覚め、そこそこ有意義な時間を過ごした。

それは自分にしては非常に珍しいことで、花丸を与えてやりたいところですらある。

 

だいたい土日にしゃかりきになるとろくなことがない。

落ち込みが激しくなるか、不安定になって発狂しだすかどちらかだからだ。

ある程度有意義に過ごした今日ですら万事ごきげんとは言えなかった。

ほんのちょっと人と話をしただけで、一息ついた後に不安がだくだくと心の淵からあふれ出して、いてもたってもいられなくなった。

 

「自分が~~~だから、」

「もっと~~~していれば、」

そんなことばっかり歯止めも聞かずにズルズルと考えだしてしまう。

 

そんなときだけは、自分の思考に没入せざるを得ない「一人の時」がすごく怖くなる。

 

 

このブログを書くにあたって、無理して作ったポジティブ思考は一切文面に起こさないことを宣言する。

 

もともと、自分の弱いところを言語化して残しておきたいという思いで書くものであるからだ。

 

自分は全人類最弱と言えるほど精神的にも肉体的にも弱い。

 そんな弱い存在だからこそ考える、不毛で、不健康ないつも押し殺される思考は、

時に言葉を着させてしゃんと立たせてやらないといつまでも自分の中に居直ってしまう。


強くなりたい自分は、時として自分のもう一面である弱い自分を槍玉に挙げて、決して表に出ないようにと命じるのであるが、それがかえってアンバランスな思考を生み出す原因となってしまっている。

弱い自分を許すために、体裁など気にせず、嘘いつわりない言葉を紡ぎたいのである。

 

 

だから不毛なことをとうとうと書きます。