10-12月期のGDP速報が出て、実質経済成長率2.2%、名目経済成長率4.5%とリセッションを抜け出し再び景気回復局面に入りました。2013年に安倍晋三が政権を取り、アベノミクスと称され、金融緩和政策、拡張的財政政策、成長政策をパッケージとする経済政策を掲げました。失業率、有効求人倍率、GDPの改善に2/3寄与した金融緩和政策の理論的支柱となったプリンストン大学のポール・クルーグマン教授の1998年論文を紹介したいと思います。
三重野康日銀総裁の下、過度な金融引き締めにより日本は不景気に陥りました。1990年代の日本経済の特徴として名目金利、特に短期金利がほとんどゼロに近い状態となり通常の金融緩和政策(公定歩合操作、支払準備率操作)や拡張的財政政策の効果が見られなくなりました。これは経済学における流動性の罠と呼ばれる現象と酷似しています。
流動性の罠とは金利がゼロでも人々が金を使いたがらず、景気を刺激するために政策金利引き下げがそれ以上できなくなってしまう、すなわちマネーサプライを増やしても、何の効果もない状態を指します。つまり、貨幣需要が無限大へと発散し債権と貨幣の価値が等価になるということです。このような状態が存在する可能性を指摘したのは、ケインズの理論をIS/LMモデルという簡潔な形にして広めたヒックスです。だからこの流動性の罠というのはIS/LMモデルと密接に結びついています。
今や日本が流動性の罠にはまっていることはほとんどの人が認めているように思います。少なくとも、それを真向から疑問視する議論というのはあまりありません。インフレ・ターゲットを日本銀行が採用した根拠を探る上で流動性の罠を考慮することは非常に重要になります。
さらに多くの人がクルーグマンの理論に反対していました。日本の不景気の原因はバブルの後遺症や構造問題だとする人がほとんどでした。こうした議論の多くの根底には、実は流動性の罠は存在しない、という発想があります。だからこそ、流動性の罠というのが理論的に文句なしに存在するということを明確に示しておくことは、この議論にあたってとっても重要なポイントとなります。
ただし、流動性の罠の議論には直感的に不可思議なことが3つあります。
1つ目は、最初はそもそも自然な状態において、金利ゼロであるにもかかわらず借り手がいないということは本当にありえるのか、ということです。どんな資産であっても、収益はゼロではありません。金利がゼロで金を借りて、何か資産を買って、それで少しでも儲かるのであれば収益はプラスになります。金利はゼロだから、借金が雪だるま式にふくれたりはしません。少しの儲けから、少しずつ金を返していけば、いつかは完済して手元には資産が残ります。だから、金利がゼロでもだれも金を借りて投資しようと思わない話はおかしいのではないかということです。
2つ目は、日本には成長産業がないのであまり良い投資先にはならない、というものです。しかし、金利がゼロで貯蓄の行き場がなくてたまっているというのは変な話です。貯蓄が余っているなら、それはどんどん外国に投資されるはずです。つまり、今のグローバル経済、国際資本移動の自由が確立している日本では流動性の罠は起きないのではないか、ということです。
3つ目は、銀行の問題が挙げられます。流動性の罠は短期的な特殊な状況で、いずれはそこから抜け出せる、将来は高い収益をもたらす投資先が出てくるだろう、となったとします。この場合、銀行がそういうミスマッチを吸収する役割を果たしてくれるのではないか。もっと簡単に言うと、今金を大量に集めて、将来の有望事業に投資をする、というプロジェクトをやればいいのではないか。そしてかれらがそういう機能を果たせるなら、流動性の罠は自然と解消されてしまうのではないか。
これはなんとなく、もっともらしいと思うかもしれません。そしてここから、流動性の罠というのはその根拠になっているケインズ理論のIS/LMモデルが単純化されすぎていていい加減だから出てくる、という話がでてきます。さらに今の合理的期待の新古典派経済学が全盛の時代にあっては、IS/LM理論自体が常識ではあっても軽視されます。通俗のエコノミストの中にはIS/LMをほとんど否定しているような人さえいます。
上の3つの論点をここで見直しましょう。
最初の議論からは、よくある構造調整問題が出てきます。要するに、問題は今の日本企業や経済システムにおいて、プラスの収益を生むようなプロジェクトが存在しないことにあるということです。銀行の貸出が増えないのはそもそも儲かる事業が存在しないからです。だからだれも投資をしないということになります。この場合、経済の仕組み全体を変えて、新しいプロジェクトができるようにしなければいけません。事業者の障壁になっている構造問題を解消したり、新規産業を育成したりする必要が出てくるのです。
次の議論は間接的にユニクロ/中国デフレ輸出説、良いデフレ説につながります。企業は中国に多く輸出して、安くものを製造してそれを日本に輸出していました。だから、当時のデフレーションは良いデフレで、それは単に当時のミスマッチが解消されているプロセスの一貫でしかないということです。生産機能の海外移転を通じて投資先はできているという話です。
最後の議論は銀行の不良債権処理です。銀行の経営効率が悪く、本来果たせているはずの役割を果たせていないということです。流動性の罠と呼ばれているものは銀行が不良債権のおかげで新規の貸し出しができず、貸し渋りせざるを得ないことによって起きているということです。不良債権問題が解消されたら、銀行が期間を超えて金を融通して、それで流動性の罠はすぐに消滅していしまうという話です。
クルーグマンモデルを長年批判している経済学者に東京大学の吉川洋教授がいます。吉川教授はクルーグマンモデルがミクロ経済的基礎付けに従ったものだということを論点に挙げています。ただこれはクルーグマン自身が以前流動性の罠の存在を反証する際にミクロ経済的基礎付けに従ってモデルを構築しようとした結果、ミクロ経済的基礎付けに従ったモデルにおいても流動性の罠は成立するということを当時の主流派経済学者に示すためにミクロ経済的基礎付けを行ったのであってミクロ経済的基礎付けは十分条件でしかないということです。さらに、このモデルはケインズ経済学ではなく新古典派と合理的な期待形成をベースにしたモデルであるということ、また時間の問題を明示的に処理しているということです。IS/LMモデルでは、時間は必ずしも明示的ではありません。短期と長期の区別をつけていないということです。
- クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門/春秋社
- ¥1,728
- Amazon.co.jp
- 解剖 アベノミクス/日本経済新聞出版社
- ¥1,620
- Amazon.co.jp
- http://blog.with2.net/link.php?1722790 人気ブログランキングへ