クルーグマンは合理的期待を考慮し、ミクロ的な基礎付けも考慮したモデルをさらに個人を総計しマクロの状態を表すモデルに昇化させています。そしてこのモデルをベースにこれまでの流動性の罠はあり得ないという議論をすべて反証しました。
まずプラスの収益を生むプロジェクトは通常は必ず存在するという議論です。これに対してクルーグマンは、収益がプラスであっても、資産価値が下がると思われたらそのプロジェクトの期待収益率はマイナスになるということを指摘しました。インカムゲインがあっても、キャピタルロスでそれが相殺される可能性があるとも言えます。期待収益がマイナスのプロジェクトに、金利がゼロであるにもかかわらず投資をしようと思う人はいません。
次に、外国へ投資できるという話です。財やサービスには、貿易できるものと貿易できないものがあります。そして、貿易対象にならないものはかなり存在します。それによって、国際資本移動にも限界が生じます。貯蓄と投資のバランスを完全に埋めるほどにはならない可能性は十分にあります。
そして、最後の銀行に入ります。金利がゼロなら、銀行に預けるのとたんす預金とでは、人々にとって何の違いもありません。利息がつくなら、余った金を銀行に預ける理由があるけれど、今はそれがないのです。さらに銀行は、普通は預金してもらった金を相互に貸し合います。それによって、マネタリーベースがン何倍になっても信用拡大を遂げています。ところが、金利がつかないのであれば、銀行としてはほかの銀行にそれを貸す理由がないのです。銀行でさえ手元に現金を持っていればよいということになります。金利がゼロという条件下では、不良債権が多いことやBIS規制の話とは全く関係なしに、銀行の金融仲介機能があまり働きません。
もしこの流動性の罠が本当にあるのであれば(そしてそれが日本で起きているのであれば)、ほかの不景気対策は全く無意味かもしれません。構造改革や新規産業が出てきてプラスの収益を生む投資案件が存在したとしても(それが資産価値目減りを上回るほど大きいものでない限り)、経済は不景気になります。それはキャピタルフライトが多少起こっても、中国製品が入ってきて輸入競争財の価格が下がっても不変です。そして、銀行の不良債権をどんなに正確に処理したとしても経済は不景気のままです。逆に言うと、流動性の罠を放置したまま、このような問題をいくら解決したところで、実際には何の効果もないのです。つまり流動性の罠そのものを解決しない限りリセッションから決して抜け出せないということです。
ここでミクロ的基礎付けについて注意が必要です。ミクロ経済学というのは個人の動きを基に、市場の働きを考察し、マクロ経済学は経済全体の総計を考察します。ただし、マクロ経済学において実証上さまざまな法則、経験則が発見されているが、具体的にそれがどういうメカニズムで実現されているかということを説明できないことがあります。たとえば、通貨供給が増えると物価水準が比例して上昇するという貨幣中立命題という法則があるがこれをどの主体がどのようなインセンティブに基づいて行動しているかということを説明するのは難しいのです。だから、ミクロ的基礎付けが行われていないからといってマクロ経済学の理論が間違っているというわけではありません。なぜなら、全体で起こることと、個別で起こることは必ずしも一致しないという合成の誤謬という考え方があり、マクロな事象はマクロで、ミクロの事象はミクロで考察しないと正確に現実を捉えられないからです。
ここで、流動性の罠が起こりうることが示されたのでここからデフレ脱却をするためには何をすれば良いかを検討します。今までの議論を踏まえて検討できるのは以下の3つです。
①一時的な金融緩和政策
②拡張的財政政策
③インフレ期待を創出する恒久的な金融緩和政策
①について一時的な金融緩和政策とはとにかく一回中央銀行が紙幣を大量にすり続けるというものです。しかし、流動性の罠においては、金利がゼロなのでマネーサプライは増加せず、さらに一時的であるために金融市場は一時的に改善するだけで、他の要因ですぐに調整されてしまう可能性が生じます。通常の経済ならば、手下に余計な金があれば、それを貸すか預金します。しかし、金利がゼロの場合、得た現金をそのまま貯め込んでしまいます。
②について拡張的財政政策はIS/LMモデルに基づく流動性の罠の議論では、そこから抜け出す手段としてよく持ち出されます。要するに政府が公的債務を発行して公共投資・減税を実行することです。一時的に予算を拡大すると乗数効果によって景気が回復するということです。そして日本は1990年代に公共投資を実行してきたが功を奏していません。さらに、過去に流動性の罠が起きたとされる1930年代のアメリカでは、第2次世界大戦に伴う大量の公共投資によって大恐慌からの脱出が実現したとされているがこれはクリスティーナ・ローマー(1992)によって反証されています。また、マンデル・フレミングモデルによって変動相場制の下では金融緩和政策を伴わない拡張的財政政策は大量の公債発行を招き、国債の供給量を増加させ金利を上昇させ通貨高にしてクラウディングアウトを引き起こします。
③についてインフレ期待を創出する恒久的な金融緩和政策は市場の各経済プレイヤーに長期にわたって、少なとも10年間、目標のインフレ率に到達するまで量的緩和政策を行い続けますというシグナルを送ります。そして、それを実現するために金融市場に貨幣を供給し資産効果、通貨安によって需要を創ります。そうすることによってインフレ期待を引き起こし実質金利を引き下げる、マイナスにするということです。①、②との大きな違いは政策を一時的に実行するのか、それとも恒久的に実行するのかということです。将来物価が上がり企業の利益、労働者の所得が上昇することが想定されれば実物投資、個人消費が増えることが考えられます。
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