理転編入記~社会の荒波の中で〜 -12ページ目

理転編入記~社会の荒波の中で〜

文系学部にいた平凡大学生が理系学部に編入し、悪戦苦闘しながらも無事卒業。現在は、社会人として、これまた関係ない分野で日々悪戦苦闘中。

あのセンターから4年が経過しました…。

もう4年ですか…。



今日は、特に何もない一日。

昼前に家を原付で出て、一人で海鮮食べて、ぶらぶらして帰宅。

こんな平凡な日を送ったが、4年前の自分はこの状況を想像できただろうか。

文系大学に入学・免許取得し、原付購入・理系大学への編入…。

言い出したらきりがないことが、この4年間に凝縮している。

改めて4年という月日の重みを感じる。



何度も書いていることだが、当時、私は、普通科文系コースから国立理系学部への合格を目指していた。

もちろん厳しい状況であったが、当時はそんなことは気にしていなかった。

とにかく理系に行きたい。文理選択で、間違った人生の軌道を戻したい。

そんなことさえ考えていたのだ。

しかし、志望校との得点差は大きく、本番では50点も伸ばすことが出来たが、結局第一志望のボーダーには届かなかった。

ただ、それでも担任にその学校を受験したいと伝えたことを覚えている。

それだけ心が決まっていたのだ。

しかし。現実を考えると厳しいため、結局他大学を受験した。

文系私立・理系私立・理系国立を受験した。

特に、国立に行きたかった。

ただ、ここで最大のミスをしてしまう。

二次試験は、勉強したくない気持ちから、二つとも小論文で受験をした。

今考えると、これが大きかった。

理系学部でも、学力で行ける場所もなくはなかったと思う。

ここで、行ける範囲の理系国立を選んでいれば、今頃、理転編入生ではなく、理系学部生になっていたと思う。

しかし、当時の私は小論文を選んでしまった。

結局、その二校は落ちることになる。

また、理系私立も落としてしまう。

結果、理転編入という苦行の途を選ぶことになるのだ。

ただ、結局、編入試験では、高校時代、第一志望であった学校に合格した。

これに関しては良いことだが、細かいこと言うと、当時志望していた学科ではない。

当時は、農業土木の道にあこがれていたが、今いる学部は化学系と社会系が混ざった学科だ。

一度文系大学に入った私は、結局、社会系のベースで理系学部を探すことになったからだ。

つまり、私は形式上、理転編入しているが、真の理系にはなれていないのだ。





そう。全てはセンター後の勉強と進路選択が原因なのだ。

私は、もう今後、理系への道を目指すことは、恐らくないと思う。

これは、悲しいことだが、自分の力量や条件から言ってのことだ。

当然、このことには後悔しかない。

しかし、この回り道であった理転編入の4年間を通して得たことが中々多いのも事実である。

そういった点から、今後はもう学問、そして理系に対しての追求は無くなっていくと感じる。




この4年間で学んだこと。それを活かしながら今後の人生を進むしかない。

ただ、何に取り組み、目指すかは、その時によって変わると思う。

もし、必要があれば、今後も追及していくのだろう。