放蕩息子のたとえ話新約聖書ルカの福音書15章に登場する、イエス・キリストが語ったたとえ話です
福音書の中の真珠ともいわれている御言葉です
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ある人に二人の息子がいた。弟の方が親が健在なうちに、財産の分け前を請求した

そして、父は要求通りに与えた

そして、生前分与を受けた息子は遠い国に旅立ち、そこで放蕩に生きて散財した

大飢饉が起きて、その放蕩息子はユダヤ人が汚れているとしている豚の世話の仕事をして生計を立てる。豚のえささえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんだ

我に帰った時に、帰るべきところは父のところだと思い立ち、帰途に着く

父は帰ってきた息子を走りよってだきよせる

息子の悔い改めに先行して父の赦しがあったお話です

キーワード   関係     神様と私

罪=関係を切る

悔い改め=関係を戻す

信仰=信頼関係

救い=関係回復

祈り=コミュニケーション

私達に対する神様の愛は、海の様に深く、空のように高いのです

人間はいつかその魂が、それをお造りになった天の神様に戻るのです

罪深い私達も愛して愛して溢れんばかりの愛で駆け寄って救い出して下さる

私達が素直に助けて下さいと言えれば

マタイ5章3節

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである

このへりくだった気持ち、態度は、神の祝福を受けるための初め一歩です

それは創造主なる神に向き合うことにつながります

ヨハネの第一の手紙4章10節

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。

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ヨハネ3章16節

実に神は、ひとり子をさえ惜しまず与えるほどに、世を愛してくださいました。 それは、神の御子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠のいのちを得るためです。 

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コリント第二3章16節

人が主に向くなら、その覆いは取り除かれるのです。・・・私たちはみな、顔の覆いが取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。(3:16,18)

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