みたいな、印象が強い

ただ、不安には2種類あって
対象のある不安
と無い不安
がある。何らかの対象がある訳ではないのに
ふと不安になることがある
どうしてか?
それは必然で。そこには重要な
意味があるはずだ

ユング流に、私的に言えば。
私達の本来はセルフ(自己)で
自我(自分意識)は後付けの
仮面のようなものだ。
仮面の自分で居ては、本来の自分は
眠ったままになってしまう

しかし、自我は人がセルフに
気づいて、取って代わられるのを
避けようとする。
そこで、自我は自己防衛の為に
「不安」を使う

なにしろ私達は、馴染みのないものに
不安を覚えるからだ

セルフから視ると、日常習慣意識は
退廃しており、人間のセルフは美しい
水晶玉
のようなものなのに日常と言う習慣の膜が幾重にも積り
水晶玉が曇って見えなくなって
しまっていると言う事。
しかし、今の自我のままでは。
霊的成長の為に、転生してきた
セルフの意味がなくなってしまう。
そこで、それに気付かせるために
セルフは「不安」
を使うのだが。ただ、人は不安という気持ちに対して
よくないもの

と言う思い込みをしているので
それに気づく事を困難させている。
ふと、不安に駆られた時には
セルフからのサイン
である事に気付けるようになるには。
自身の思い込みの世界から
開放されなければならない。
