このご時世、
何を私はセクシャルマイノリティのあり方に苦悩しているのだろう。
そう思った。
あからさまな差別を受けているわけでもない、
受け入れてくれる人も付き合ってくれる人も大勢いる。
法関連も改善してきている。
(法に関しては私はこれまでもこれからも主張するつもりはないが)
そして、このご時世。
今や世間は不景気やら増税やら原発に被災地復興にと、最も重大で大きな関心事がそちらにある。
それは世間に限らず、
私も、他のセクシャルマイノリティ者も同じくして重大な関心事。
他の国は知らないが、少なくともこの国で現在は、
セクシャルマイノリティの権利や認知を主張するような時代ではない。
そんな中で何が私を掻き立てるのか・・・。
インターネット
そう、インターネットで目につく話題である。
インターネットも、もちろん現実を反映している部分もあるかもしれない。
インターネットにも様々なサイトや場所があるが、
間違ってはならないのが、一部のインターネットサイトに書かれている内容が国民の多数派の総意ではないということ。
ある事柄について否定的な意見が交わされていても、
それはほんの一部。
もしもニュースや現実での行動に発展するくらいの事柄であれば、
それはたかが一部ではなく多数派の意見だという面もあるでしょう。
しかしそうではなく、そこのネットサイトだけで交わされて終わるような内容であれば、そこでの意見というものはほんの一部だけのものである。
私は、これはわたしの悪い癖なのですが、
そんなほんの一部での意見でしか過ぎないのに、
「これが世間の多数派の意見?」と勘違いしてしまうのである。
再度言うように、現実世界において、
少なくとも私自身が触れている現実の周りでは、
あからさまに差別する人などはいない。
恋愛もできる、就職もできる。
(そもそも恋愛や就職においては、セクシャルマイノリティ云々は言い訳にはならない。
特に現在は、就職に関しては尚更セクシャルマイノリティだから・・と言い訳はできない。
それとは別の個人個人の問題である)
そのように性別に関しては、何も大きな支障がない。
なのに、ふと一部のインターネットサイトでのセクシャルマイノリティに関する記事に目が止まり、そこを閲覧してしまい、そこに書かれている否定的な意見が目についてしまって、
「これが世間全体の本心?」だなんて勘違いをしてしまい、感情がくすぶってしまう。
その後、現実世界での対応のされ方において、その感情のわだかまりは解れる。
なのにまた、一部のインターネットの内容を見て頭を悩ませて・・・の繰り返し。
なんてバカなのだろう。
明らかに病気。
これは友人らにも何度も指摘された。
そんな場所、見なければ済む話なのに・・・と。
それなのに、見てしまう。
見てしまうというより、
現実の身の周りの人達の対応やリアクションだけじゃ物足りず、
より多くの一般人の対応を知りたいという動機もある。
叶うならば、セクシャルマイノリティに無知である相手なら良いイメージを持つように努めたいし、
悪い先入観を持った相手ならば、できるだけ良いイメージに変わるように努めたい。
そこまでしても尚受け入れてもらえなかった際に初めて、
「この相手に受け入れてもらうのは無理なんだ」と諦めが付く。
とまぁ、そんな野望(?)を少なからず抱いているのですが、
実際にはそんな事をせずとも、自分が交流する身の周りの人たちにだけでも
受け入れてもらっていれば、何も支障はなく生きていける。
一時期は、インターネットでそういう部分(否定的)には触れないようにして
一切セクシャルマイノリティとは関係のないサイトや記事だけを見るようにしていた時期もあった。
最近、目についたら閲覧してしまう癖が戻ってきた。
なんでだろう。気になるのかな。
また、これは当ブログの理念も覆すくらいのことなのですが、
当ブログを立ち上げた当初は、
現実世界で実際に多くのセクシャルマイノリティの人たちと交流してきた体験を元に、
セクシャルマイノリティとは何なのか?を考察してきた。
しかし、今となっては記事を書く原動になるよう話ネタは、
ほとんどインターネット上の記事やそこでのやり取りが主である。
だからこそ当ブログの記事投稿が不定期になったり、書いても似たような内容ばかりになってきた面もある。
なぜこうなったのかというと、
今現在わたしは、現実では極力セクシャルマイノリティの人達とは関わらない生き方をしている。
仕事の時は嫌でも関わるけれど、プライベート時間になると
一般男性か一般女性相手としか関わっていない。
よって今現在は、セクシャルマイノリティに関しては自分以外の人の事はよくわからないという状態。
仕事以外で触れることができるのはインターネットの記事やメディアでのみ。
そもそも今更、プライベートまで率先して交流していこうとも思わないのですが・・・。
ですので、当ブログの理念を覆してしまうくらいの現状ということなのです・・・。
(もしかしたらそれだからこそ、インターネットを頼りにしてる面もあるのかもしれませんね)
もう1つだけ言わせてもらえば、
今まで綴ってきた記事にて、あらかた主張したい事や疑問などを書き尽くしてしまったという面もあるのですけれどね・・・![]()
今回、このように改まってこの現状と実態を見つめ直してみましたが、
また忘れた頃になればインターネットの記事か何かが発端で、
感情に火が付き、記事に起こしてしまう・・・という事態になるのかもしれませんね・・・
困ったものです(恥)
「書を捨て街へ出よ」
今の私にぴったりの言葉です。
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この記事をお借りして、
過去に書いた記事の内容の訂正を行いたいのですが、
・トランスジェンダー
・トランスセクシャル
この2つの言葉ですが、
私は、
トランスジェンダーは性転換手術はしてないが女性化中の者、
トランスセクシャルは性転換手術も済んだ者という説明をしましたが、
そうではない という事らしいです。
勘違いをしておりました。
改めてお詫び申しあげます。
(wikipediaの内容が事実とは限りませんが)
wikipediaの説明によると、
トランスセクシャルとは、性転換症という語訳で、
意味としては現在の性同一性障害と同じような以下の意味を持っているそうです。
「出生時の外性器(身体)の性別とは反対の性自認を持つ現象」
つまり性転換の有無は関係ありませんね。
現象名や病名に近い言葉です。
性同一性障害も同じような概念で、
「身体上の性別と、自己意識(心)の性別が不一致により、身体を心の性に近づけたいと願う者」
という意味の症状名です。
しかし性同一性障害を英訳すればトランスセクシャルになるのではなく、
Gender Identity Disorder, (GID)という正式な英訳が存在します。
概念は同じなのに二通りの言葉があるなんて混乱しますね・・・。
ではトランスジェンダーとは何なのかと言いますと、
トランスセクシャルに置き換わる、現在での呼び方です。
トランスセクシャルという呼び名だと、
「身体の性別と心の性別が不一致」という意味を含んでいます。
しかし、実際にはそんな事はないけれど、
女性化する事を求めてトランス(性移行)する人達も大勢います。
その人達の事も指せる用語として、
厳密な定義がなく、"大まかにとにかく性移行した者/する者"という意味を持つ、
新たな用語として使われるようになったそうです。
ちなみにセクシャルマイノリティを指すLGBTという概念の
「T」にある意味は、トランスジェンダー(心の性に限らず性移行した者)、
トランスセクシャル(言わば性同一性障害)、トランスヴェスタイト(服装倒錯者)すべてを含む「T」なんだそうです。
トランスヴェスタイトというものは、性別の少数派ではなく異性装したいだけの趣味やファッション、性的嗜好だと思っていたので、これもLGBTに含まれているというのは目から鱗です。
過去に記事に遡り、その勘違いして説明していた部分は訂正しておきたいと思います。