あるサイトで、在日本の某国の方が、日本人の自国(某国)に対する感情や扱い方を
アンケートとして質問していました。
回答の中に、長年日本に在国している同じ在日本の方からの回答がありました。
その中の1節に非常に興味深い内容があり、
>日本人の思考の癖とも言えますが、「個人」をみて「団体」をイメージする
これはまさにその通りだと思った。
確か、これに似たことわざだったか慣用句もありますしね。
形は違えど、日本が好きな親日だが、先入観で拒否されやすく苦労している という面が、
うちらセクシャルマイノリティと共通するなと感じました。
元々、某国に対しては昔の歴史や、料理、映画(日本に入ってきて有名になったもの)などでしか
知らず、当然それらを通して、幼き頃は好きな国の1つでした。
やがてインターネットが発達し、現在の実態や、政治、半日感情などを知ることになりました。
ニュースなどでも政治経済、国際情勢に興味を持つようになってから知った情報でした。
いろいろショックでしたよ。
かつて自分が好きで、どこか憧れていた国が半日の方が多い(またはそのような教育がされている)事を知ってしまい・・・
一度はその国にまつわる全てが嫌になりました。
下手したらネトウヨと嫌悪される立場の考え方を抱いてた時もありました。
やがて導いた考えは、
「割合的に、日本人感覚で見れば合わない面も多く、半日の方も多いだろうが
それでも親日家の方が全くいないわけではない」ということ。
政治や環境問題、その他に対しては懸念を抱くことはあっても、
その国の民全員に対し先入観で見るのは良くないことだ・・と。
国のやり方や、経済、環境に疑問を抱くのは仕方ないにしても、
もし目の前に当事国の人間が現れても、
否定から入ってはいけない。
本人との交流の中で、あくまでその本人個人に対し、
合う合わないを見いだすことが大事であると。
それこそ私が常日頃から言っている少数のMtFやニューハーフを見て
全体として捉えないでもらいたい、個々を知ってほしい。
ということと同じだったのです。
(某国民は世界的に見れば少数派ではないでしょうがね。
別の国に行き、そこで暮らすとなればその国での少数派にはなると思います)
とはいえ日常の中で当事国の人と関わる事がないので、
(もしかしたら知らずに親しくしているかもしれない)
否定的な情報ばかりが入ってきて、
危うく全体を否定する人間になるところでした。
自分が、少数派である性を差別しないでと日々言っていても、
その自分がある国民に対し否定的な先入観で全体拒否していては筋が通りませんものね。
それでも、よく囁かれている陰謀論や、某国の半日家がやがて日本人を淘汰する・・という情報に対する恐怖や危機感はありますし、
政治や経済、環境、食料、理念問題を懸念する面もあります。
さて、これらの事柄から、セクシャルマイノリティである事の上で
話を進めていきたいと思います。
個人を見て団体(全体)をイメージする・・・
これはありがちですね。少数派の中の1人が何かをすれば、
そのイメージでもたれやすい。
ニューハーフもといMtF、性同一性障害にしてもそう。
(何度も言いますが、MtF/FtMは同性愛には含まれませんが、
性的少数派の話として、同列で扱っていきます)
男女で、例えば同じ男でも、身体の共通点や多少の傾向に共通点があっても
その他全て同じですか?同じ女同士の場合も然り。
男性の芸人が出てきました。
彼のネタが自分にはまったく合わなく嫌悪感をもった。
きっと男性ってのはみんなこういう感じなのだろう。
よって男は全て嫌い。
そんな風に思うことって滅多にありませんよね。
もちろん過去に男性からの暴力を受けてトラウマを持ち、
異性に対する恐怖症を持つケースもありますが・・・
メディア等だけの情報により先入観を持つ場合においては、
きっと、まだまだメディア露出するマイノリティのパターンが少ないから
仕方ないのだと思います。
もっと様々なジャンルに様々なタイプが登場すれば、
自分に合う合わない多く知ることができ、
「いろんな人がいるのか。なんだ男も女も関係ないんだ」って気づくとは思います。
現に様々な場所で少しずつ活躍する方も増えてきていますね。
そりゃ「恋愛や性的な意味での異性としての対象」として求める事は強要はできません。
我が侭を言えば異性として認識してもらいたいけれど、性的な対象云々を考えれば、
そう見られない事もあります。
それでも性差の対象感情を抜きにして、個性として見てもらいたい。
でも難しい問題なんですよね。やっぱり本能からか、
男性は女優や女性芸能人に対し、その方々の個性や能力以前に
性的な「異性」として優劣つけた上で、個人を見てしまう。
女性が男性芸能人に対する感情も同じでしょう。
しかし、同性の芸能人をみる場合は性的感情抜きにして
個人を見ることができますよね。
また、年老いた役者さんに対しても、自然と性的感情抜きにして
個性を見れますよね。そういうことなんです。
世代の近い異性芸能人を見て、恋愛対象は無理だけど、
人柄や個性として「好き」というパターンもあるだろうと思います。
それでも良いのです。
(そりゃ中には、どんな高齢俳優女優でも、
”高齢者だから”という理由だけで嫌悪する方もいるかもしれませんね・・・)
別に同性だと思ってもらっても構わないから、
個人を見てもらった上で、性格などで合う合わないを決めればよい。
その上で、異性として意識してもらえるか否かは、こちら当事者の努力次第になってくる。
生まれた時の身体の違いが問題で、
その上で恋愛対象や結婚対象として見てもらえない、
といった悩みもありますが、それは誰にも非はない。
そういう運命なだっただけで。
ただ、見慣れてない個を見て全体を決めつけ一括して拒否するという行為は
少し早計かもしれませんよ。
例を誇張すれば、
この国の今の時代に、「○○の都道府県の人間だから嫌悪する」
「○○が好きな人間は総じて嫌い」
こういう思考とも似ています。
別にそれが悪いわけじゃないし、個人の好き嫌いの目安なだけなんでしょうが、
対象が人間である以上、少しだけでも気をつけてもらいたいだけなんです。
もし、それが嫌いになった原因になった相手がいれば、
その相手だけを嫌えばよい。他の人間に罪はない。
仮に、あなたが新しい場所に行き、
そこで出会った人の中に、前触れもなく最初から自分を嫌ったとしましょう。
少し会話をした上で苦手と思われ避けられるくらいならしょうがないですが。
話してもいないのに、嫌われ、嫌われるだけならまだしも、
口に出して批難されたり暴言を吐かれたり。
実はその理由が、あなたが○○からの出身だったということです。
暴言を吐いた相手は、過去に○○出身者に酷い事をされた、または気が合わなかったため、
その地域出身の人間全てに偏見をもってしまったという感じです。
そんな時は腹割って親しくなり誤解を解くように務めようとしますね。
それでも偏見を変えてもらえなかったら、もう仕方ないです。
他の自分を受け入れてくれる人の輪に入っていくでしょう。
中には、そういった事が重なって、逆に嫌悪感を持たれ
対立することも考えられます。
個を見て全体を知る・・・でなく、
個を見て個を知る事が望ましいです。
生まれもっての国籍や性別などに大きな”区分”はあっても、
人間は皆個性が違う。国によって文化や教育、環境の違いで
大きな性格の土壌の枠組みはできるかもしれない。
しかし、セクシャルマイノリティは
「性別(身体)」面での枠組みが共通してるだけで、
同じマイノリティでも性格は多様。
普通の男性や女性と何も変わらない。
性的嗜好すら多様。
一括して嫌悪してたタイプの人間の中にも、
もしかしたら、自分に利益や有益をもたらす人間がいるかもしれない。
1つの事柄から全てを嫌うってのは、チャンスを棄てることにもなりかねません。
もちろんそれでも構わないから、嫌いなものは嫌いというなら仕方ありませんが。
これらの事は、あくまで”人間”に対することです。
物や商品、サービスにおいてはまた別になります。
ビジネスにおいては、個を見て全体を知る が適用されますしね。
むしろこの言葉って、そういった方面での言葉だったんじゃないでしょうかね。
あ、もしかして「1を見て10を知る」の勘違いだったでしょうか。
とまぁ、言ってはみましたが、
区分として一括して嫌悪するのでなく、
あくまで見た目が気持ち悪い=自分の美意識に反して 嫌悪するというパターンも多いのでしょう。
それも仕方ありませんが、それでも全員が全員そうではないかもしれませんよ。
確かに、今まで目にした事があった人全員がそうであったかもしれませんが、
実は街中を歩いていてスレ違ったけど、全く気づかなかったその相手が、
セクシャルマイノリティだったという事もあると思います。
やはり、こういう区分嫌悪感情ってのは、
実際に様々なタイプと出会った事がなく、
メディア等でしか目にしたことがなく、そのため
「○○な人=どういった姿や性格」という先入観ができてしまうのかもしれません。
厄介なのは、その先入観を長く持ちすぎて、より大きく嫌悪感が増してしまっては、
ちょっとやそっとの事では先入観が解けない って事もあるでしょうか。
国の異国民に対する嫌悪感情や、教えの中で育まれた感情もそれに当てはまるでしょう。
教えの中で培った感情というのは、誤解を解かれようとしても
自らがそれを認めると、自身の育ちを否定することにも繋がってしまいます。
凝り固まった先入観が変わるというのは、
自らがその世界を見て、知って、体験して、悲しみと喜びを覚えるくらいしなきゃ、
人間の感情というのは、そう易々と変わるものではありません。
そうだとすれば、セクシャルマイノリティに対する感情というのは
何十年何百年とかけて育まれた感情かもしれないので、
これを打破するのはなかなか難しいのかもしれませんね。
まぁ、多数の先入観を解くのは難しくても、
自分自身が出会った人々には1vs1で誠意をもって接し、
地道に理解を求めていくしかなさそうです。
「世間」とか「一般」とか言われている、会ったことも見た事もない群衆が嫌悪してるといっても、
自らが出会う人だけにでも受け入れてもらえれば、それでいいじゃないですか。
しかし、インターネットやメディアなど通信の発達により、
会った事も見た事もない「世間」や「一般」という群衆の「文字による声」を聞きやすくなったという点も、
批難されやすい少数派にとっては脅威なのかもしれません。
けれど、少数派にとっての武器にもなっています。
同じコミュニティの人を探しやすくなったという面もあります。
一長一短です。
ちなみに、私が経験した、直接面と向かって嫌悪されたり批難した相手は
「親」だけです。親曰く兄弟姉妹も嫌悪してるそうですが、
肝心の本人の口から直接は聞いてないんですよね(苦笑)
面と向かっては優しくするが、
裏で叩く というのも日本人の弱点でもありますが、
考えようによっては、面と言われないだけマシ。
裏で言われても、直接的な被害を被らなければマシなのかもしれませんね。
裏で悪評な風評を流され、発信源が誰かわからないまま
言われぬ被害を受ける
こういう最悪なケースもありますね。
むしろ、日本ではこのケースが問題視されてるのかもしれません。
それで関係なかった人から批難されたら、
直接直訴しに行き、誤解を解き、味方に取り入れる!
それすらダメなら、こっちもこっちの味方を使い風評を流す情報戦へ突入!
ってそんなことしたら同じ穴の狢ですか(笑)
まぁそう上手くいくものでもありませんね。
風評の手段はもともと直談判できない弱い立場のための武器だったのかもしれませんが、
結果的にそれは更に弱い立場の被害者を生むことにもなる。
これが巡り巡って最終的に風評を流せる味方もいなくなった者が孤独となり、
心を病む一番の被害者となってしまう。
通信の発達により仲間を見つけやすくなった昨今、
また時代的にも、そろそろ少数派が、異端者を軽視し切り捨てるような社会と
本気で戦っていく時期なのかもしれません。
今回の話は、何もセクシャルマイノリティに限った話ではないと思います。
1つにオタク文化などもありますが、これも通信の発達により
市民権を得てきた成功例かもしれません。
ただし、日本は差別をなくすためというよりも、
商売のためにそこに目を付け掘り起こし、余計な付加情報を加え
同時期に集中して過剰に演出し売り出すという部分もあるので、
これがマイナスとなって嫌悪感持ってた人の嫌悪感をより多く増す・・・ということもあります。
ビジネスなら仕方ありませんが、
自然に一般化させるのが目的ならば
一度に過度にキャンペーンするのでなく、
徐々に徐々に増やしていって、気づいたら
自然に目にするようになってた という戦略が望ましいでしょう。
しかし、こういった手段は必要な事柄にでなく、
危険的な戦略に用いられているという事も脅威に感じます。