『こころの声に寄り添うセッション』

本格的に始動させるために
何よりも大切にしている「聴く」ということ。

そこに込められた想いを書こう!

と思ってたら、

いつも拝見している阿部さんのブログで
こんなことが書いてありました。



凝縮した「私」というエネルギーが何かの拍子で霧散した時、
そこに残るのはただ、あるがままの世界。

世界と言うより、目の前の「場」と言ったほうがいいかもしれない。

その後も、何も変わらず「場」は淡々と展開しているのだけれど、
そこに登場人物の「私」はいない。

「場」だけがある。


この感覚に近づく手段として、繰り返し奨励してきたのが
「首なし人間」のイメージ。

自分の頭が消えて、首から上が空間に溶けている。

この時の特徴は、起きていることへの判断が完全に消えていること。

そして完全に「いま」にある。


実際にはこの状態が我々のベースなのだが、
普段はここに「私」という感覚が主人公として登場し、
「場」をやりくりしているつもりになっている。

この「私」は、単なるエネルギーの凝縮で実体ではないのに、
ものすごくリアルだ。

そして何事もこの「私」を中心に生きることになる。


「私」の特徴は、
不満、欠乏感、怖れ、嫉妬、攻撃性、怒り、不安・・・

そして「いま」以外の何かを空想している。


たいていの場合、「私」は死の瞬間まで居残るけれど、
生きている間に何かの拍子で消える時がある。

それを、「さとり」とか「目覚め」とか「見性」とか呼ぶ。

要は「さとり」とは、もともとの存在のベースを再発見すること。

何も難しいことじゃない。

だって最初からそうだったんだから。



そうそう!
この「首なし人間」

まさに自分の頭が消えて、
首から上が空間に溶けてるーーー!


ありのままの世界。


阿部さんが、言葉で表現してくださってました。
こんなこと、誰に話しても伝わらなく・・・

ちょうど一年前に突然起こった出来事です。

誰とも共有出来なかったあの体験が、
今ようやく阿部さんに聞いてもらえたかのよう。

あの日を境に、
ずーっと探し求めていたモノがなんだったのか?
・・・腑に落ちました。

「ここに何かがある」と読み続けていた本まで
深い理解がやってきて。

そして
阿部さんのブログにも常に助けてもらってます^^

ほんとにいろんな先人の方々のおかげで
どんどん深まっていっております。
ありがたい!!!


わたし自身、こんな世界があることを知り
いつかわかる日がきたらいいなあ♪
なんて、そんな興味から始まりました。

それが今では・・・(笑

阿部さんのブログ。
興味がある方は、ぜひご覧になってみてくださいね^^