高校時代を思い返して、ああすればよかったと思いこそすれ、男子校そのものに対して異常なんじゃね?と思ったことはありません
共学なら出来なかっただろうこともたくさんあったし、逆に共学で出来ることを男子校で出来ない、というのはほとんどないように感じます
何が言いたいかというと、恐らく女子校の方が異性間交流の価値観が共学のそれとかなり食い違うんだろうなー、という予想
男子校生が女性と仲良くしたい!と思うこと、それを外に表現することは容易だし、そんなことして仲間内からハブられることはほとんどありませんが、女子校生が男性と仲良くしたい!という思いを外に表現するのはハードルがありそう
俺は女子校生でもなければそもそも女性でもないので、あくまで想像ですが、高校在学中、異性間交流は半ばどうでもいいものとして処理することになりそうな気がする
そうなると、どうでもいいで処理していたものが、大学進学に伴い、余暇の拡充や男性からのアプローチで、まぁなんかみんなやってるし、恋愛的な何なをしてみるか、みたいな形になるんだろうなと想像している
正直どうでもいいのだが、ある種のどうでもいい何か、から価値を大きく転換することってできるのだろうか?
高校の頃は見向きもされなかったし、若干仲良くなった後には、何か違うと断じられた。だがそれは俺の話で、その後大学に進学して、新しい何かを知った
それはそれでしんどいのだが、果たしてそれが本当にそうか?という疑いは持っていいし、本当にそうであればその価値観の転換に寄与したものが何かは気になる
価値観の変容はある日唐突に起きるものでなく、澱のように溜まっていき、ある時、溜まりに溜まった何かが表出するものな気もしている
だから厳密に、価値観の大転換が本当に起きるのか?という問いに大した意味はないとも思う
まぁそんなとこ
俺はそもそも女性に興味無いが、世の中には彼氏彼女がいる相手にこそ興奮する輩がいるらしい
そんなもの個人の趣味なのでそれこそどうでもいいが、性的な観念はどんどん面白くなっていっていると思う
暇な女子大生のアレはその一端で、もはや恋愛的なそれと快楽を求める思いは別個に動いており、その快楽衝動は「マッチ」するか?に落とし込まれつつあるようで、なかなか面白い
ファストフード、ファストファッション、ファストファックの6F時代
そんな中で自分を他人にに受け入れて欲しい思いを持つことにどれだけ意味があり、そして自分が安価な代替手段を取らず、善いと思うことをどれだけ積むことができるだろうか