お久しぶりです
友達にすごいのいるなぁと思ったので更新
小学校の頃の同級生が20個上の男性と付き合っていて、結婚も視野に入れているという話を聞いた
自分の人生の倍の相手と付き合うという発想自体がなく、驚くしかない
一方で、結婚という言葉にそれなりの現実感がついてきたことにも驚く
「他人は他人」でもいいが
素直に驚き、自分の重ねてきた年に存外の重みを感じるのも楽しいなと思った
大学の学科は異なるけれど、同期の友人が東大生にセフレを作りまくっていると聞いてまた驚いた
セフレという概念はわかっていても、それを実行に移すほど現実感のある話ではなかったので
無理やりに現実を拡張されたような感じがして面白い
技術発展による絵空事の現実化もこのように感じるのだろうか
まぁ、所詮は他人事だし、彼らにしたところでやむを得ない事情があったのかもしれないし
はたから見た人間がとやかく言う事ではないんだろうね
バイトの後輩に、なぜ付き合っているのか
君は相手にとって最高の存在なのかな?
と聞いてみたところ
はい、そうです。自分も相手を必要としているし、相手も自分を必要としています
と答えられた
それも理想的な答えを言ってやったぞ!と言ったような顔で答えられた
付き合ってしまっている以上、「はい。そうです。」と答えるしかないのだから
返答の内容はきにしていない
問題はどんな気持ちでそれに答えて、
相手にとってどんな存在なのかということを考えているか聞いてみたいだけ
後輩君は必要と言っていたが、事故で彼女が死んでしまったとき
必要なものをなくした彼が絶命するかと言われれば、そうではないのだし
自分の充実した生活に必要、なだけで、それはいくらでも代用が効いてしまうものなんだなぁと思う
この手の質問をしていて、相手をよりいい方向に持っていけるように努力している人を見たことがない
誰も彼もが、自分の生活の充実のため
相手を喜ばせることを考えていても、相手がより良い方向に向かえるため、を考えている人はいないらしい
自分が享受することばかり考えるのも、人間らしくて俺は好きだけど
それを、自分の利益教授のために行動を
好きだからの言葉で濁すのは嫌いだなぁ