<民主主義のあした>「多数決を捨て、議論をしよう」イタリア学会会長 藤谷道夫さん
2021年1月5日 06時00分
<民主主義のあした>「多数決を捨て、議論をしよう」イタリア学会会長 藤谷道夫さん:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
配信より
民主主義について語る慶応義塾大学文学部の藤谷道夫教授=横浜市港北区で
日本学術会議の会員任命拒否をめぐるたくさんの抗議声明の中で、博識に裏打ちされた豊かな表現で異彩を放っていたのが、イタリア学会の声明だった。語られていたのは、古代ローマ以来の民主主義の在りかたでもある。執筆した会長の藤谷道夫さん(62)に聞いた。
◆菅義偉首相のやり方は「神官政治」
あれは臨界点でした。安倍晋三政権からずっと民主主義の扼殺が続いていました。特定機密保護法、安保関連法などが法治主義を骨抜きにして成立しました。そして、ついに学問の世界にまで手を突っ込んだのが、日本学術会議の会員6人の任命拒否でした。
イタリア学会創立70年の歴史で、声明を出したのは初めてのことです。恩師でイタリア学会員だった須賀敦子先生が生きていらしたら、きっと同じように思われたでしょう。
民主主義はギリシャと古代ローマで芽生えました。物事を法律化することで、少しずつ闇をなくしてゆく。法がない時は、神官の胸三寸で決まっていました。今回の菅義偉首相のやり方は、ある意味、神官政治です。理由は誰も知らない。知っているのは菅首相のみ。まさに「神のみぞ知る」なのですから。
◆古代ローマでは「国家=みんなのもの」
ローマ法の体系づくりは、地中海の明るい光を当てて闇を除去する作業でした。ローマ人が目指したのは「光の政治」です。一方、安倍政権では隠す、改ざんする、破棄すると、どんどん「闇の政治」の拡充に努めてきました。
紀元前59年、執政官に選出されたカエサルが最初にしたことは、情報公開です。元老院の議事録を公開し、帝国中の人が属州であっても誰でも読めるようにしました。これが世界初の新聞「国民日報」です。
古代ローマには、権力から国民=弱者を守る制度もありました。「護民官」です。元老院の決議や執政官の命令にも拒否権を発動できました。古代ローマで、国家という言葉は「みんなのもの」という意味です。政治とは「みんなのため」の活動であり、特定の権力のためではないのです。
◆気づいたら「ゆでガエル」に!?
学術会議は医者、政府は患者のようなものです。専門知識のない患者を医師が診断し、診断書や処方箋を書き、時に患者を説諭する。なのに、思うような診断や処方箋が出ないと、金を出したのになぜ言う通りにしないのかと患者が医師に怒る。菅首相の姿は、治療費を払ってるんだから、自分の言う通りに治療しろという常識外れの患者にそっくりです。
イタリアでは学者が政権を批判することは全く問題になりません。それどころか、批判しなければ役目を果たしていないとみなされるでしょう。イタリア人には、教えを請う側がなぜこうも威張っているのか理解できません。
政府には自由に軍需産業を育てたいという思いがあるんでしょう。だから、目の上のたんこぶである学術会議の歯止めをなくしたい。法制局のトップに政府の考えに近い人を選ぶようになり、客観的な法律判断ができなくなりました。検察もそうなりそうでした。ムソリーニは暴力でファシズムを広げましたが、日本では暴力を伴わない「静かなファシズム」が進行しているようです。気が付いたら、私たちは「ゆでガエル」になっていないか、危惧しています。
◆民主主義はロゴス(言葉、論理)であるべき
民主主義は多数決ではなく、逆に多数決を捨てることです。プラトンは民主主義を批判しました。民主主義の名の下に、多数決でソクラテスが殺されたわけですから。
現代の民主主義はロゴス(言葉、論理)主義であるべきです。論理に従って議論し、たとえ少数派であってもより正しく合理的な方が勝つ。数ではありません。議会は、そのためにあります。拙速に多数決で決めて間違うより、じっくり考えて正しい道を選んだ方がいい。多数決が正しいなら、天動説が正しかったことになります。
「間違うのが人間だ」というローマ人のことわざがあります。間違うことから逆算して考える。イタリアには原発が1基もありません。チェルノブイリの事故の後で全部やめました。自分たちは間違う可能性があると考えたからです。失敗から逆算する発想です。だから、議事録も取るのが当たり前。失敗したら、それを振り返って参考にする。日本には無謬主義がはびこっているため、隠蔽や改ざん、破棄が起きる。
日本はローマやイタリアから、まだ学ぶべき点がたくさんあると思います。
ふじたに・みちお 1958年生まれ。慶応大教授、ダンテ研究の第一人者。イタリア学会会長として、日本学術会議会員任命拒否問題で政府に抗議声明を出す。学生時代に故・須賀敦子さんに師事し、後にダンテ『神曲』の共訳を出版。
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